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**光と風の環 <始まりの刻> [#fb8a21dd]
**光と風の環 <始まりの刻 6> [#fb8a21dd]

RIGHT:''&color(#ffdab9,#000){著者:真悠};''
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 フィブネスの影との直接的な対峙、そしてエルミアの深層意識にあったものを強引に引き出した所為なのか、エルミアはピクリとも動かなかった。その身体からは血の気も一切失せて、その温かみすら感じ難くなっている。
エルミアの身体を抱き上げると、唇を強く噛み締めながらセイクリッドは、静かにベッドに寝かせていた。その後、彼の持てる&ruby(ちから){超常力};の全てで、青銀色の結界を張っていた。何かを探しているかのようにセイクリッドから放たれる超常力が、四方八方へと消えていく。その様子にセイクリッドの顔色が変わった。
その直後、セイクリッド自身も、ぐらつく自分の身体を必死に押し留めている。

「…いない、何処にも? 馬鹿な! そんなはずは…。」

 軽く肩で息をしながら結界の中にいる、横たわり息も絶え絶えなエルミアの姿を見つめていた。その姿に再び強く唇を噛んでいた。その噛み方が強かったのか、セイクリッドの唇の端から血が滲み出ていた。

「…くそっ…どうやら時間との勝負のようだな…。」

 苛立たしげに自分の拳を握り締め、力任せに壁を殴りつけているセイクリッド。

【……一体何をするつもりだ?】

 聞こえてきた声にセイクリッドは何も答えなかった。そのセイクリッドの沈黙に息を呑む。

【そなた、まさか?】
「ラーディス、アルセリオン。今すぐラトゼラールへの道を開け。」
【それは…今は出来ぬ相談だ。空間も時間も安定しておらぬ。】

 声の思いがけない反論にセイクリッドが舌打ちをした後に、そのきつい瞳でその声の方向を睨み付けていた。

「…安定していようがいなかろうが、そんな御託はどうでも良い。今すぐに開けろ。」

 セイクリッドのその声には、計り知れないほどの殺気が込められていた。その言葉と共に彼の身体から吹き上がる青銀色のオーラ。その迫力は、聖霊すらも恐怖感を覚えるものであった。

 押し殺した殺気によって、セイクリッド達のいる城がグラリと揺れている。このままでは、セイクリッドの超常力が暴走して、全てを破壊しつくしてしまうだろう。不運な事に、遥か過去の刻に彼を制御していた、&ruby(デラス・クリスタル){超常力の石};は今この時代にはないのだから。

 そして、それを扱う事の出来る者すらも今の時代にはいない。神々に扱えたとしても聖霊である自分達には、制御できない代物である事は、彼等も痛いほど理解していた。

 このままセイクリッドの超常力を暴走させれば、あのフィブネス以上の恐怖となる。それは聖霊達も良く判っている事であった。だが、だからと言って安定しない通路を開けて、もしもセイクリッドが時間と空間の狭間に飲み込まれでもしたら、それこそフィブネスの本格的な復活に超常力を注ぐ事となる。

 どちらにしても得策ではない。答えに詰まっていた2人の聖霊。そしてそれに業を煮やしたセイクリッドの超常力が、暴走する寸前の出来事であった。
目も眩むほどの目映いばかりの黄金色の光が、突然現れたかと思うと白金の炎となり、青銀の結界を張られているエルミアの周りで激しく燃え盛る。

「!?」

 突然の出来事に目を見張り驚いているセイクリッド。そして聖霊達。聖霊は勿論の事、セイクリッドにもその光は覚えがある。ブルッと身体を震わせ、言葉もでてこず、その両手に拳を作り、ただ漫然と眺めているしかなかった。
エルミアの周りで激しく燃え盛る白金の炎は、その勢いを緩め次第に炎からクリスタルに変形していく。

【この超常力は…まさか…。】
【この時代に……あのクリスタルを…。】

 セイクリッド以上に絶句している聖霊は、そのクリスタルが出現すると、その場から姿を消していた。黄金に輝く光は、朧げながら人の形をうっすらと&ruby(かたど){象};っていた。
その黄金の光がセイクリッドに向き直った瞬間、セイクリッドの身体からいきなり力が抜け落ち、その場に崩れる。

「な…にを……。」

 ぼやける視界の中でセイクリッドがその光に震える手を差し出していた。

(…相変わらず、熱くなったら神々であろうと聖霊であろうと、お構いなしに脅すのね…。それは貴方の悪い癖よ。…暫くの間、貴方もその中で熱くなった頭を冷やしなさい…。瞬きをする間に落ち着くでしょうから。自分で何もかも背負うんじゃなくて、たまには誰かに頼るのも冷静になるための大切な時間よ…。それぐらい、覚えておきなさい…。)

 黄金の光はそう告げるとセイクリッドにも目映いばかりの光を放っていた。

「エ――…!」

 セイクリッドの言葉は最後まで紡がれる事はなかった。黄金の光に包まれ気を失った彼の身体は、フワリと浮き上がり、もう一つ現れたクリスタルの中に吸収されていく。そして、黄金の光はエルミアの傍にゆっくりと近寄っていく。
白金の炎から現れた7色に光り輝くクリスタルが、エルミアの胸の上で輝きを増していた。黄金の光はそれを見つめ、微かに笑みを浮かべると、現れた時と同じように唐突に消えていった。

#hr

 暗闇の中でユラユラと淡い光が揺れる。ここは…どこ? どうしてあたしはここにいるんだろう。身体が鉛のように重い。動く事すら苦痛に感じる。心臓が痛い。
立ちすくんでぼんやり辺りを見回しても、何も聞こえない静寂の中。ただ、物悲しいような突き刺さるような孤独だけが、その場を支配する。ここは、冥府? あたし再び捕まったの?
心が痛い、心臓がひきつって叫び声を上げている。

(…生きているからこそ辛いのよ。些細な事で心臓も痛くなるの。でもそれが辛さだけじゃなく、嬉しい時だってあるのよ。)
「え? 誰?」

 静寂の中で突然、少女の声が響いてきた。辺りをきょろきょろと見回してみても何もない。今の声は何だったんだろう。

(うふふ…貴女って、とっても器用なのね。冥府じゃなくこんな『刻の狭間』に落ちるなんて…。道理で彼が、貴女を躍起になって探しても見つけられない訳だわ。でも…その器用さも当たり前かしら? 冥府はやっと彼の管轄に戻ったけれど、それでもフィブネスの関与もまだあるものね。フィブネスから身を隠すにはここはちょうど良い場所ですもの。)

 再び少女の声が響く。この声は誰? あの時のようにあたしを惑わす陰の声なの?

(んー、惑わすと言うのは、かなり違う気がするわ。そんな事して、彼に殺されるのもばかばかしい話でしょう? ''そ・れ・に・''私の事を貴女を惑わそうとする陰の声って言うのもちょーっとだけ失礼な話よ。)

 クスクスと笑いながらその声の持ち主であろう少女は、あたしの前に姿を現していた。7〜8歳ぐらいで、艶やかな紺色のセミロングの長さの髪に美しい顔立ちをした少女。その瞳は、その顔立ちに相応しく華やかな金色をしていた。
誰だろう、この子は? 見た事…ないわ。でも、禍々しさも感じないのは何なんだろう。

「貴女は…誰? どうしてここに?」
(ふふ、当ててみて?)

 その少女の言葉に思わず面食らってしまった。こんな少女に心当たりはないもの。少女はあたしの考えている事が判ったのかニッコリと微笑んで、腕を後ろに組みながらあたしの傍に近寄ってくる。

(私が誰か…と言う事より、貴女は戻るべき場所に戻らないといけないでしょう?)
「戻るべき場所…?」
(そうよ。貴女を待っている人がいるんだもの。)

 少女の言葉に苦笑を浮かべるしかないあたし。少女はきょとんとしながら首を傾げていた。

「…その&ruby(ひと){男性};を苦しめている結果になっても…あたしは本当に、彼の傍にいてもいいものなのかしら…。自分のエゴだけで彼をこの世界に縛り付けて、そのくせ何かあっても自分では何も対処出来ずに、結局彼に負担だけをかけているんだもの…。」

(そう? その人が神々のような完璧な人間を追い求めているとは、私には、到底思えないんだけどなぁ。彼だって自分が完璧じゃないのに、他人に完璧さを求めたりしないわ。
貴女だって彼の事、そこまでおバカさんだとは、思いたくないでしょう?
逆にそんな完璧な人間が自分の傍にいたら、息が詰まっちゃうんじゃないかしら。それに…誰かを思っていたら、その人を縛り付けてでも自分のものにしたいって言うのは、ごく当たり前の感情じゃないの?)

 その少女の言葉に再び面食らってしまった。だって、まだ年端も行かないのにそんな説教じみた事を言うなんて…。

(ふふ…知ってる? 人間ってね、どんなに色々な超常力を持っていようと、どれだけ剣に&ruby(た){長};けていようと、一人じゃ生きて行けないのよ。孤独が長ければ長いほど、他人と壁を作ってしまうけれど、それを壊すのはいたって単純なの。みんな気が付かないだけなんだけどね。)

「え? …でも例え、人は一人で生きられなくても、その人にとって相応しくない人が、傍にいるのは、その人にとって迷惑なだけじゃない…。自分よりもっと相応しい人がいるのを知っていて…一緒に生きようとするのは&ruby(たやす){容易};い事じゃないわよね……。」

(…人が人に相応しいかどうかなんて、誰が決められるものでもないのよ。それを決める事が出来るのは、自分の心と相手の心だけよ。
貴女が言うその人に相応しいってどう言う事が基準なの。美しい容姿? 持っている超常力? それとも長い時間? それとも大きな権力? 差し伸べる事の出来る手と莫大な力? そんな事…どうにでもなるわよ。これから一つずつクリアしていけばいい話だもの。)
「は!?」

 少女の質問にあたしは思わず言葉に詰まってしまった。なんて、あっけらかんとした言葉なんだろう。少女はクスクスと笑いながら話を続ける。

(そう言うのはね、全く必要ないのよ。自分がどれだけその人に必要とされているか…そして自分がどれだけその人を必要としているかが、一番大切だと思うんだけどなぁ…。結局のところ、他人の思惑がどう働こうと、自分の心が動かないと意味ないと思わない? 自分の心が動いたら、そして激しく動かされたら、それこそがお互いの真実だと思うけどなぁ。
…私の言っている事、どこか違うかしら?)
「そ、それはそうだけど…。」

 &ruby(ためら){躊躇};っているあたしに、少女は柔らかな微笑を浮かべながら更に続けていた。

(んー…じれったいわねぇ。じゃぁ、こんなのはどう? …貴女が自分の腕の中からいなくなってしまったら、そして…貴女がもう自分の腕の中に戻らないと判ってしまったら、彼はきっと正気を保っていられなくなるわ。
自らを狂気に追い詰めて、その中で、思いのままに全てを破壊し尽くすでしょうね。そして、その行き着く先は…全ての生きとし生ける者の消滅よ。そうなってしまったら、もう誰にも彼を止められないわ。神々であろうと、何であろうとね。それこそが…貴女の恐れる悪魔の最も望む事だと思わない?)
「え!?」

 少女の言葉に思わず息を呑んで絶句してしまった。本当にこの少女は一体誰なの? 何故そこまでセイルの事を知っているの。それにフィブネスの事まで知っている。この少女は何者?
ううん、何よりどうしてこんな少女がこんな所にいるの?

(だからぁ、私が誰かとか、ここが何処かと言う事より先に、貴女がどうしたいか、どう思っているか…じゃない?)

 少女は藍色の髪をフワリと揺らして、ニッコリ微笑みながらあたしに問いかけてくる。その仕草は本当に優雅だった。

(もう一つ言うとね…心に傷をつけた者と心に傷をつけられた者は、どれだけ刻が経とうとお互いを癒す事は出来ないの。小さな傷が全てのひびとなり、お互いを更に傷つけあう結果になってしまうのよ。傷つけた方は、何とか修正したくても、傷つけられた方は、その傷が痛んで、自分を傷つけた者を受け入れる事自体、拒否してしまうのよ…。貴女は…貴女だけは、そうなってはいけないわ。)

 少女の言葉は少し哀しげだった。何かを振り切るようにクスッと微笑んだ後、再びあたしを見つめてくる。

「あたしは…セイルを苦しめるしか出来ないのよ。…それでも、彼の傍にいても良いって…貴女は言うの…?」

(ふふ、どんなに貴女が彼を苦しめてると思っても、彼が貴女の傍にいる事を望んでいるの。ううん……今の彼にとっては、それが唯一つの強い望みであり欲なのよ。それを…あっさりと捨てちゃって良いの? 貴女と共にある事、それだけが…彼が生きている中で、唯一つ切望するものなのよ。)

 セイルが、ただあたしと共にいたいと望んでいる? それだけが彼の思い? その少女の言葉にポロポロと涙が零れ落ちてきて、ついには子供のように大声を上げて泣き出してしまった。その言葉は、ずっとあたしが望んでいた言葉だったのかもしれない。少女は、泣いているあたしの背中を優しく擦ってくれていた。

「あたし、自分が怖いの。セイルの傍にいたい、でもフィブネスや訳の判らない自分の深層意識にある者が…あたしを呼んでいる。邪魔をされて苦しくて…でも自分が怖くて! あたしはただ、セイルの傍にいたいだけなのに……! ううん…何があっても彼と一緒にいたいんだ。なのに…あたしは彼を助ける事さえ、出来ないのが情けなくて…!」

(うんうん…全てをこの『刻の狭間』で吐き出しちゃえば良いわ、思いっきり泣いちゃえば良い。人は誰でもそうよ。心の中に大きな制御し切れない闇を飼っているものなの…。それを無視しようとするから苦しいし、辛いのよ。無視をするのでも乗り越えるのでもなく、共に生きていけば良いのよ。
だって、それは否定する事の出来ない、貴女自身であり、貴女の全てなんだもの。だから恥じる事も恐れる事もないわ。堂々と自分を生きていけばいいのよ。)

 そして、泣いているあたしをあやすかのように、優しい調べのような少女の声はまだ続いていた。

(彼もね、貴女と一緒にいたいから、ついつい格好つけちゃうのね。ありのままの自分だと子供のようだって思っているらしいから。馬鹿よね、何も格好つける必要も自分を飾り立てる必要なんてないのにね。
ふふ…彼がそんな事気にしているから、貴女がこんな所で迷子になってるなんて、きっと夢にも思わないでしょうけれど…。
でもね、これだけは覚えておいて。貴女は貴女。他の誰になる必要もないの。貴女のままでいて良いのよ。そうじゃなきゃ、彼が貴女の傍にいる意味がないんだから…。)

 少女の言葉が、あたしの中にゆっくりと染み渡る。あたしの背中を擦ってくれる手がとても暖かい。どのぐらいの時間を泣いていたんだろう。やっと涙も枯れ果てて、少女の方をみつめていた。少女もニッコリと微笑んでいる。

(どう? 気持ちは落ち着いた? 自分が何をしたいのか…見えてきた?)
「え、ええ。判っているのは…どんな事になってもセイルの傍に居たいという事なんだわ…。彼の傍に戻りたい…と思うわ。ごめんなさい…泣いたりして……。でも…ありがとう…泣かせてくれて…。」

 あたしの言葉に少女はクスクスと笑っていた。その後にパチンとウィンクをしてくる。

(ふふ、良かったぁ。ここまで来て、二度と彼の元に戻らないなんて言われたら、どうしようかと思っちゃったのよ。それにここは…冥府と違って、貴女がその気にならないと現実へは、戻れない処だから。)
「そ、それは…ちょっと思ったかもしれない…でも、でも彼の傍に居たい…の。あたしの我儘だって言う事は良く判っているけれど。」

 そんなあたしを初めは驚いたような顔をして次には、嬉しそうな顔をする少女。

(うふ、じゃぁね、ちょっと前向きになった貴女に最後にもう一つ。
あのね…彼がどんなに無茶な事をしたとしてもよ、それに全て従う必要はないのよ。腹が立ったら彼を殴ってもいいだろうし、反論する事も良い事よ。自分を隠して自分を押し殺して、自分を彼の理想の女性に仕立て上げようなんて、彼の前でする必要はないのよ。そんな事だけは絶対にしてはダメ。
自分の気持ちの思いのままに振舞いなさい。刻に彼とけんかする事も大事な事よ。我儘もどんどん言ってあげるの。彼だって、自分の言いなりになるお人形を貴女に求めている訳ではないのだから。逆にそんな人物なら貴女の方から振っちゃうのも一つだわね。言いたい事をお互いに言う事こそが、お互いを成長させて、お互いを大切に思わせる事になるのよ。)

 少女の言葉に思わず目を丸くして絶句してしまった。本当にこんな年端も行かない少女が、言う言葉なんだろうか。呆然としているあたしの周りに、金色の光が浮かび上がり、その光はあたしを包み込んだかと思うとふわりと浮かび上がっていた。

「あ!」

 少女は、その様子を微笑みながら、あたしの方を見つめ手を振っていた。

「待って…貴女は、どうなるの?」
(私の事なら大丈夫。貴女はこの『刻の狭間』では侵入者であり迷子なの。これ以上ここにいる事は、貴女自身にとっても良くない事なのよ。私はここから離れられない、でも貴女には帰る場所がある。戻らなくてはいけない場所が…だから貴女とは、ここでお別れよ。でも…忘れないでね、私が言った事。)

 金色の光の中で少女の言葉に頷いたあたしに、少女は嬉しそうな顔をしながら手を振っていた。あたしを包んだ金色の光は、スウッと音もなく上の方に上がっていく。

「待って! お願い最後に教えて。貴女は誰なの? どうして、あたしにそんな事を教えてくれたの? どうしてあたしを助けてくれたの。」
(…だぁめ、それはひ・み・つ。うふふ…だから当ててみてって、最初に言ったんだけどなぁ。…でもまぁ、この姿じゃ無理ないかしらね。貴女が私を判らなくても当たり前の姿ですもの…。最も…この姿でなければ、貴女は私を受け入れなかったでしょうから…。お願いね、彼と――あげてね。私はもう――。)
「え? 何? 何て言ったの。もう一度言って。聞こえないわ。」

 少女の声は最後のほうは聞き取れなかった。ただ、この『刻の狭間』と言う場所からあたしを包み込んだ光が抜け出そうとした時、あたしが今まで居た場所から、柔らかでとても綺麗な金色の光が放たれていた。

 その中に息を呑むほど美しい女性を見たような気がする。その女性は、あたしの方を盲目でありながら見上げて、溜息が出るほど美しい微笑を浮かべていた。その夢のような美しい仕草にただ、息を飲み込んだ。
そう、あの女性には覚えがある。あれは…あの&ruby(ひと){女性};は――。

#hr

 エルミアの目が覚める直前にセイクリッドが入っていたクリスタルが、粉々に砕け散っていた。頭を押さえながら、一瞬何があったのか良く覚えていなかったのだが、自分が張った結界の中にエルミアの姿を見つけると、それまでの出来事を思い出していた。
彼女の身体の上には、今はないはずの癒しのクリスタルが輝いている。そして、それに伴ってエルミアの身体に変化が見えていた。
思わずエルミアの方に駆け寄るセイクリッド。

#br
 金色の光に包まれ、一気に上昇したかと思うと、その次には白銀の光があたしの周りで弾けていた。思わず直視できずに両目を腕で覆っていた。鈴のように澄んだ綺麗な音が、あたしの周りで鳴り響く。あたしの意識も上昇していく。もう少しで自分に戻れるんだ。あ…あ、さっきの少女の手もとても暖かかったけれど、今あたしの周りにあるものもとっても暖かい。ううん、熱いぐらいだ。

「…――ン…!」

 何かが…誰かがあたしを呼んでいる? フゥッと目の前が眩しいほど明るくなる。思わず自分の腕を上げてその明るさから逃れようとしていた。
その手が、何かに捕まえられる。今あたしを掴んでいるこの手は誰?

「フィン!」

 今度ははっきりとあたしを呼んでいるセイルの声が聞こえた。

「セイル……?」

 あたしが名前を呼ぶと、あたしの手を握り締めている手に力がこもる。瞼を開けた一瞬、目の前に見えていたのは美しい光を放つクリスタル。そしてそれは、あたしが目を開けた次の瞬間には、パーンと綺麗な音を立てて、砕け散っていた。
あたしの上にその欠片が落ちて来る事はなく、左腕にしていたアームレットにそれらが吸い込まれていく。

「え?」

 思わずそのクリスタルの行方を追うつもりで、起き上がろうとした。けれど、それはセイルに阻まれ適う事はなかった。セイルは今のクリスタル見てないの?

「セイル…あ、あの。」

 あたしがクリスタルの事を話そうとした時に、セイルの唇が何の前触れもなくいきなりあたしの唇に重なる。セイルの唇から微かに血の味がしていた。

「…っ!?」

 突然の出来事に目を開けたまま、思わず離れようとして、彼の肩を叩いて抵抗してしまったの。でもセイルは、その腕をあたしの背中の方に回してそれ以上の抵抗を許さなかった。な、何? 何がどうなってるの?
セイルのキスは、今までに覚えのないぐらい強引で長くて…情熱的なものだった。
頭の中は既に真っ白。そのうち抵抗する気力がなくなり、初めはセイルの肩の方を握り締めていたあたしの手は、力が抜けたかのようにスルリと落ちていく。
そして、あたしの手が落ちていった暫くした後にセイルの唇がゆっくりとあたしから離れていた。

「……お前が二度と再び…俺の腕の中に戻らないかと思った……。」

 あたしの顔のすぐ傍で、セイルが俯きながらそんな事を呟いた。ズキッと胸が痛む。俯いているから彼の表情は読めないけれど、きっとあたしが倒れてから気が気じゃなかったのかもしれない…。あたしはそんな思いをセイルにさせちゃったんだ。

「ご、ごめんなさい……。」

 あたしが謝るのと同時にセイルの身体がきついほどにあたしを抱きしめて来る。そして再びその唇を強引に重ねる。

「……!」

 キスをしながらセイルの手が、あたしの腰の辺りに触れてくる。その時、あたしの身体があたしの意思とは無関係に反応していた。初めこそは、ボウッとしていた頭も次第にはっきりとしてくる。え!? どうして彼の触れる手が、あたしの身体に直に感じるの?
もしかして、あたし…身体に何もまとっていない?
それに気が付いた時、恥ずかしさと一種の恐怖と、色んな感情がごちゃ混ぜになっていた。

「い、いや!」

 セイルの腕から逃れるように身体を激しく動かす。あたしの暴れ方にセイルの拘束がふと緩んだ。自由の利く手で、思わずセイルの頬を叩いていた。

「…ってぇ……。」

 小さくセイルの唸る声が聞こえた。あたしを抱きしめていたセイルの手が緩み、大きな溜息を吐き、あたしの顔のすぐ傍で、枕に顔を埋めていた。その表情はさっきと同様、見せてくれないからちっとも判らない。ただあたしの肩を抱きしめているセイルの左腕に力がこもっていた。

「……いや…か。まぁ…当たり前か、守り切れなかったんだからな……。」

 切なげでありながら、諦め半分のようなセイルの声に胸が締め付けられる。

「ち、違うわ…そうじゃない、そうじゃなくて……。」

 どう答えていいものか判らなくて、戸惑っていたあたしの左側で、セイルの顔が枕にうずもれながら半分だけその顔を動かし、あたしの方を見つめている。セイルの左目があたしを責めているような輝きを放っていた。

「……あいつがお前に触れた時、俺の姿…だったんだろう…? それに反応して…。」

 セイルの言葉に心臓が大きく脈打った。ザワリ…とざらついた音が頭の中で大きく唸る。思い出したくない記憶が蘇ってくる。全身が凍りついたように冷たくなり、硬直し始めて、息が苦しくなる。

「…や…いや……いや!」

 思わず耳を塞ぎ、首を左右に振り乱してしまっていた。恐怖と屈辱で何も考えられない。そんなあたしにセイルは何かを察知したのか、バッと跳ね起きたかと思うとあたしを抱き起こし、頭を片手で押さえもう片方の手は、あたしの身体を支えて、息が出来なくなるほどに強く抱きしめていた。

 ――どのぐらいの時間、あたしはこうしていたんだろう。気が付くと誰かの力強い腕が、あたしを抱きしめていた。誰なんだろう?
初めは本当に判らなかった。どうして自分が、そんな風になっていたのかさえも。
動く事さえままならない。唯一自由になる首を少し上げると、柔らかな青銀色のウェーブのかかった髪の毛が動いている。

「……?」

 あたしが首を動かすと、あたしを抱きしめている腕が微かにピクリと反応する。あ…安心できる香りがする。規則正しい心臓の音が聞こえる。その微かな香りに全身が、緊張から一気にほぐれたかのように、長い溜息を吐いていた。

「…済まなかった…。変な事言って…お前を困らせて…。」

 不意に耳の傍で、背筋に響くような声が囁くように聞こえてきた。今の声は…。更に首を動かすとマリンブルーの瞳があたしを見つめていた。心臓が鷲掴みにされたかと思えるほど、印象的な瞳。射るような感じではないのだけれど、この瞳に見つめられると、心臓が苦しくなってしまう。

「セ…セイル?」

 思わず顔が真っ赤になってしまった。そうだ、思い出した。嫌な事まで思い出してあたし…パニックになっていたんだ。一体…どのぐらいの時間、セイルにこうやってしがみ付いていたんだろう。思わず離れようとするあたしを押し留めるセイルの腕。
離れる事を許さないとでも言わんばかりに、その腕に力がこもっていた。心臓が大きく高鳴って苦しくなってしまう。

「ご、ごめんなさい……あたし、また…。」
「…謝るのは俺の方だろうが…。お前が謝る必要はない。……本当に悪かったな、嫉妬に狂ってフィンを苦しめちまった…。」
「え?」

 セイルの意外な言葉に思わずその顔を見つめていた。え……嫉妬って…誰が、誰に。どうして? セイルはふいとあたしから視線を外して気まずそうな顔をしている。あたしはセイルが何を言いたいのか、まだ理解出来ていなかった。

「判らないってなら…それで良い…!」

 ぶっきらぼうで不満げに、そして微かに怒っているかのような口調でそう言うと、セイルはあたしの頭を何かの布でバサバサと覆っていた。それと同時にセイルが、ふいとあたしから離れてしまう。

「な、何なの?」

 突然の事で頭に覆われた柔らかな布を振り払うと、いつの間にかベッドから降りていたセイルが、あたしに背中を向けていた。あ…いやだ、お願いだからあたしに背中を向けないで…。思わずあたしの手がセイルを追いかける。

「…さっさと…サラーナを着ちまえ。何時までもそんな格好でいる気なら、今度は、お前の了承なしに本気で襲うぞ。」

 セイルの言葉に自分がどんな格好をしているのか、確認するためにゆっくりと視線が、自分の腕や身体に落ちる。…改めてみた自分は、一糸纏わぬあられもない姿。

「き、きゃぁぁ!」

 自分の姿を認識した後に、思いっきり叫んでしまい、真っ赤になり、慌てて毛布や投げ捨てられたサラーナで自分の身体を隠していた。

「…あのな、叫びたいのは俺の方なんだがな。…隣の部屋に行って来る。俺が戻るまでにサラーナを着てろ。」

 呆れたかのように小さく溜息を吐いて背中を向けながら言い放つセイル。ある意味、彼があたしに背中を向けてくれていて良かったのかもしれない。きっと…今のあたしは、複雑な表情をしているだろうから。

 小さくドアが閉められ、セイルがこの部屋から出て行ってしまった後、渡された(?)サラーナを手に取っていた。淡いオレンジ色で、あたしが良く着るような短めのデザイン。でも、こんな織り方のサラーナって本当に出来るものなんだろうか。リオングに居た賢者様からもらったサラーナもこんな感じだった。ぼんやり眺めた後、そのサラーナに手を通していた。

 肌触りがとても心地よくて、あたしのサイズにぴったりと合っている。そのくせしなやかで、少々の衝撃すら受けないような作り。これって、聖帝国ムーで着られていたサラーナなんだろうか。
セイルが気を利かせて違う部屋に行ってくれている間、サラーナの事から始まってぼんやりと色々な事を考えていた。カザマ達が教えてくれた環の事、セイルの事でまだわからない部分、その他にも色々な事を。

 それはとても不思議な感覚だった。今まで考えたくないような事や考え付かなかった事が溢れ出していた。そう、まるでこの城には時間が流れていないかのように…。

#hr

 一方セイクリッドは、隣の部屋の中でドアに寄りかかっていた。顔を上に向けその顔を自分の手で覆っていた。そこは、ほんの少し前にセイクリッドがエルミアを案内していた、剣が無数に置いてある部屋であった。そんな彼の近くで無数の淡い光が、明滅する。その明滅に答えるようにセイクリッドがポツリと声を出していた。

「…あぁ…なんでもない。さっきは助かったぜ…。お前らが、あの野郎の手からフィンを守ってくれたおかげであいつも無事だよ。…セーナを使う事に慣れちゃいねぇからな俺は…。下手をするとフィンに怪我させる所だった。本当に…感謝してる。」

 セイクリッドの言葉が判ったのだろうか、その無数の淡い光が輝いていた。セイクリッドはその唇にうっすらと笑みを浮かべながらも、深い溜息を吐いていた。そんな彼の傍にフワリフワリと淡い光が近寄ってくる。
その淡い光は、セイクリッドに何かを囁いているかのようだった。その囁きに耳を傾けていたセイクリッドが、ふっと自嘲気味に笑みを浮かべていた。それと共に淡い無数の光が消え去っていく。

「は……確かに俺に取っちゃあいつは…扇情的だな…。」

 再び自分の手で顔を覆って、苦笑を浮かべるしかないセイクリッド。暫くの間、ドアに寄りかかり考え事でもしているのか、身動き一つしなかった。

「…ここで、俺一人で考えていてもどうしようも出来ねぇな。10の環、5の輪、5の和。それのどれか一つでも見つけない事には、あいつと共にいる事は不可能になる…か。
くそっ、聖霊達も言いたい放題言いやがって。チッ…事と次第に寄っちゃ…奴等の手も借りなきゃならねぇか。…ったく!」

 セイクリッドは、何かを吹っ切るかのように独り言を言い放つと、エルミアの居る部屋に戻っていく。

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