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**光と風の環 <始まりの刻> [#fb8a21dd]
**光と風の環 <始まりの刻 4> [#fb8a21dd]

RIGHT:''&color(#ffdab9,#000){著者:真悠};''
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 あたしが目を開けた場所は、全く見知らぬ場所。穏やかで優しい温もりが身体中に広がる。蒼のような翠のような光が、輝いて反射していた。

「え……?」

 不思議な違和感があたしを包んでいた。まるでかなり時間が経ったかのような倦怠感。あたし…どうしたんだっけ? なんでこんな所に居るのかしら…。ここは一体どこなの?
あたしの目に映るのは、見た事もない天井らしいもの。こんな所、あたしは知らない。

「気が付いたようだな……。」

 聞き覚えのある声と共に、あたしの額に誰かの手が触れる。不意の出来事にあたしの身体がビクッと硬直すると、その手の主も驚いたのかそれ以上あたしに触れて来ようとしなかった。
今の手は…覚えがあるわ。

「……セイル……?」

 あたしの視線はその手の主を探していた。あたしの耳には、安堵のような深い溜息が聞こえた。

「良かった…やっと気が付いたか。」

 あたしの視界に見事な青銀色の髪を持ち、海そのもののようなマリンブルーの瞳を持った男性が、笑みを浮かべている姿が映った。

「やっと気が付いたって…? あたし確か…貴方に連れられて空間転移してきたのよね。一瞬だったはずでしょ…?」

 あたしの質問にセイルが苦笑していた。

「ここに着く前にお前は、気を失ったんだよ。無理させちまったな……大丈夫か?」
「気を失った…? え…あ! ごめんなさい……また迷惑かけちゃったのね。」
「……別に……迷惑かけられた覚えは無いぞ。いちいち謝る必要は無いだろう。その様子なら気を失っている間は、悪夢を見なかったようだな。」

 セイルの言葉にあたしは、小さく頷いた後、サラサラとした肌触りのいいベッドに寝かされていた事に気が付いた。ゆっくりと身体を起こし、改めて辺りを見回した。
何もかも初めて見る部屋。時折、薄い蒼の様な翠のような光が、屈折して&ruby(きらめ){煌};いている。初めて来た場所なのに余りの居心地のよさに暫く呆然としていた。

「? フィンどうした?」
「ここは…過去のラトゼラールなの?」

 あたしの言葉に再び苦笑するセイル。

「いいや…でもまぁ、当たらずも遠からずって所か。気絶したままのお前を連れて、ラトゼラールへ行く気はないし、何よりまだラトゼラールへの道は開いちゃいないさ。」
「ラトゼラールじゃない? だって…ここに満ちている気は、創世のものだわ。リオングの谷やフェアナルの神殿、そしてラトラーゼルにあったロドの部屋のように…。
ラトゼラールじゃないって言うのなら…、ここは一体どこなの?」

 あたしの疑問にセイルが、椅子に座ったまま足を組みなおし、唇に笑みを浮かべる。思わずそんなセイルに胸が高鳴って、俯いてしまった。

「場所を当てろなんて極道な事を言うつもりはねぇが……創世の気に満ちていると判るのか。さすがだな…。フィン自身の感覚としちゃ…この場所どう思う?」

 セイルの質問の意味が良く判らなかったから、多分的外れな事を言ったんだと思う。

「え? ……心地良いと思うわ。」

 あたしの返答にセイルが噴出した後、大声で笑い出した。あたし、何か変な事言ったかしら。だって、そう答えるしかなかったんだもの。
ひとしきり笑い終わった後にセイルが答えてくれた。

「フフ…心地良いか、気に入ってもらえて何よりだ。ここは、創世からずっとある俺の城って所かな。」
「えぇっ!? セイルの…城ってなんでそんな所に!?」

 セイルの思いがけない返答に唖然とするしかないあたしを更に面白そうに笑っているセイル。ホント…良い性格していると思うわ。
でも、確かカザマ達から示された輪を探すために、ラトゼラールに行く筈だったのに、何故セイルの城に来なければならなかったのかしら。

 そう言えば、空間転移する前にラトゼラールに行くには、“ラーディス”と“アルセリオン”の領域だけれど、行って行けない事はないって言ってたわ。媒体もあるって…。
過去には早々戻れない。時間を戻すのは、誰にも出来ない事だわ。そうよ、時間を戻すのは自然の&ruby(ことわり){理};に反する事になる。

 媒体って…もしかしてこの城の事?
あたしが望んだから、セイルはここに連れて来てくれたの?
でも…待って。本当にそんな事セイルにさせて良いんだろうか。自然の&ruby(ことわり){理};を捻じ曲げるという事をさせて良いの?
言い知れぬ不安が、あたしの中に溢れてきた。

「ここまで連れてきてもらって…言える事じゃないけれど、ラムリアに戻りましょ! あたし、よく考えるととんでもない事を言ってしまったんだわ。過去のラトゼラールに行きたいだなんて…。あたし達の世界に戻ってカザマ達が教えてくれた環を探さないといけないんだわ。
わがままを言ってごめんなさい。ね? 戻りましょ、セイル。」
「お前の言う事は判るが、そーりゃ却下だぜ。」
「ど、どうして? あたしの言った事は自然の理を捻じ曲げる事だったんだわ。それに加担してセイルが、今以上に悪い立場に落とされるなんてイヤよ。」

 あたしの言葉にセイルは大きな溜息を吐いてあたしの頭を小突いていた。

「言っただろう? お前の言う事は却下だってな。フィンがラトゼラールに行きたいと言うなら、それは何としても必ず叶えてやる。それと…俺にも理由があってな。だからこそ、お前の提案にも乗ったんだ。」
「理由?」
「そう。…動けるようならこの中を案内するから来い。そのついでに理由も教えるよ。」

 殆ど有無を言わさず、あたしに手を伸ばし促してくるセイル。あたしも&ruby(ためら){躊躇};う事無くセイルの手に自分の手を差し出した。
創世からあるというセイルの城。彼があたしをここに連れてきた理由って一体なんだろう。
過去のラトゼラールへの行き方ってどんな方法なんだろう。
そして何より、このセイルの城がどんな処なのかも知りたかったのも確かだから…。

#hr

 セイルに連れられて、部屋を出た瞬間蒼い光が反射する。その様子は本当に綺麗だった。所々にある細かな細工、それらが光の屈折によってキラキラと輝く。

 シェーナ様がいたフェアナル神殿も美しいと思ったけれど、ここはまた違う意味で綺麗だわ。静かで穏やかな上に心地いい場所…。でも、人の気配は全くなく、どこか物悲しさも漂っていた。

「ここには……誰もいないの…?」
「ああ。元々俺だけだったからな。って言うかここに他の奴を連れてきたのは片手で数えられる程度だ。俺の息抜きの場所だったとも言うべきかな。」
「え? じゃぁたった一人でこの大きな城にいたって言うの? それって……ひどい贅沢じゃない。随分と甘やかされていたのね。」

 あたしの言葉にセイルが声を上げて笑い出した。その突然の笑いになんだかムッとしてしまったあたし。

「ハハハ、いいねぇ、フィンのその反応や言い方は。ある意味、以前お前に言った事のある聖帝国ムーでの俺に付きまとっていたオプションの一つだよ。贅沢と言われればそれまでだがな。まぁ…ね、今の俺には本当に不要なものになっちまったがな。
これはこれなりに今は役に立つって処かな。」

 言い終わった後でもクスクス笑っているセイル。でも…こんな彼を見るのって初めてかもしれない。真剣な顔や冷めたような顔は良く見るけれど、こんなに楽しそうな顔をされるとなんだか調子が狂うわ。

「広いお城ね…。ここって一つ一つの部屋が大きいの?」
「はん? 何でそう思う?」
「だって…ドアがないし回廊ばかりだわ。」
「そうだな…一つ一つの部屋が広いかも知れねぇな。自分じゃ気が付かなかったがな。まぁ、俺の息抜きの場所だから不用な部屋は無いに等しいかな。殺風景でもあるだろう?」

 セイルはそう言いながらあたし達が初めにいた寝室(らしい部屋)の次の部屋の扉を開けた。その中を見た時、思わずあたしは絶句してしまった。
そこには&ruby(おびただ){夥};しい武器の数。主に剣が所狭しと並んでいた。

 その剣のどれもが、実用性のあるものばかり。ゴテゴテと飾り立てている剣は一本もなかった。それがどんな意味を成すのか、セイルを見ているとなんとなく判るような気がする。

「……女に見せるもんじゃないんだろうが……フィンお前には、覚えておいてほしかったからな。ここにある剣はすべて眠りに付いたモノ達だよ。」
「眠りに…付いたもの…?」
「そう。使い手や&ruby(あるじ){主};がいなくなってしまい行き場をなくした剣だよ。何故か俺の所に集まってきやがってな、それで集めていたらこの始末だ。
今は眠っているが、起きていた時には、それぞれ様々な血を吸ってきた剣達だ。いわゆる…剣の墓場って所かな……。」

 剣の墓場? セイルはそう言うけれどそんな風には見えない。ここにある剣はどれもこれも禍々しさなんて何もないもの。それに墓場と言うものに漂う物悲しさは何も感じないわ。

「墓場…っていうより再生の場所なんじゃないのかしら。ここにある剣達は、血生臭い過去なんて微塵も感じさせないわ。主がいなくなって安らぎを求めて貴方の処に来たのね……。
どの剣も穏やかな顔をしているもの。きっとセイルは時々この剣達の手入れとかもしていたんでしょ? でなきゃ剣達が、こんなに穏やかに眠っているわけないもの。」

 あたしの言葉に驚いたような顔をしているセイル。その後俯いたかと思うと顔の半分を手で押さえながらクスクスと笑い出していた。

「……剣の“顔”が判る女は、そうざらにいねぇぞ? それに安らぎを求めて俺の所に集まるってなんでそんな事が言える?」
「え…だって、セイルは聖帝国ムーでは戦士の&ruby(おさ){長};だったんでしょ?
多分ただ力が強いだけなら、全ての戦士を治めるのは出来ないと思うの…。ここにいる剣達の主だって、貴方に惹かれて貴方と共に戦ったり、貴方と敵になっていたりしたんじゃないかな。
心のない剣だって、それは判っていると思うの。セイルは、ただ力で相手をねじ伏せるだけの人物じゃないって。だからそう思ったんだけど……。」

 穏やかな顔で唇の端に笑みを浮かべるセイル。

「……っとにフィンにゃ敵わねぇな。まぁお前にも以前は、アストールと言う存在があったからな。ある意味判って当たり前か。
この剣達は、今はもう血塗れの過去ではなく穏やかな夢の中にいる。それはこれからも…そして、この剣達の夢を邪魔する者はもういないんだ。
どんなにこいつらを呼ぶ声があってもその声はここには届かない。…それはこれから未来永劫…二度とこいつらに届く事はないんだ。」
「だから……墓場って言ったのね。」

 あたしの言った事にセイルが微笑む。それと同時にこの部屋にいる剣達が、一斉に淡く蒼い光と共に煌いた。まるでそれは、何かに共鳴するかのように。
ただその美しさに呆然としていたあたし。

「フ…こいつらもお前の事を歓迎しているようだ。剣の顔が判るお前に対して、喜びを示してるよ。」

 セイルの言葉に面食らってしまったあたし。それにしても今の光…まるで&ruby(みなぞこ){水底};から陽の光を見つめたような感じだった。ううん、このセイルの城自体がそんな感じだった。

「淡く屈折した蒼の光って……まるで水の中から陽の光を仰ぎ見たような感じね。すごく綺麗、柔らかくて暖かくて仄かな光なのね。」
「……大当たり。」
「え……!?」

 セイルの返答に思わず彼の顔を見つめるあたし。セイルは肩を竦めた後、唇の端でニヤリと笑いながら平然と答えてくれた。

「正確には水底ではないけどな。俺の城であるここは、海と空間の狭間にあるんだよ。だから誰にも見つけられないし、外界から余計な干渉はされる事はない。
……最も、奴の…フィブネスからの干渉は、ある程度&ruby(のが){逃};れられても、完全ではないがな……。」

 セイルはそう言うと、小さく溜息を吐いていた。その表情は少し辛そうだった。

「で、でもどうやってこんな所に城を建てる事が出来たの? それに……長い間水圧に潰されずに済むなんて、現実的には……無理な話よね……。」

 セイルの説明に頭がパニックを起こしていた。彼が創世に生まれ、死ぬ事無く現在に至っているのは、なんとなく判っていたけれど、その詳しい事を理論立てようとすると、途方もない現実となってあたしの前に立ちはだかる。

「いや、城を建てたんじゃない。元々あったものと言うか、俺が海から誕生すると同時に出来たものと言うか…んー、説明のしようがねぇなぁ……。お前が不思議に思うのは良く判る。
強いて言うなら、この星…俺達の母上やそれを守る宇宙である父上の&ruby(ちから){超常力};の強さと、俺の超常力が加わったものとしか言いようがない…。」

 カリカリと頭を掻いて答えに詰まっているセイル。それでも一生懸命、あたしにも判る様に説明しようとしてくれているんだ。
そんな彼の気持ちがとても嬉しくなった。その反面、エリュクスなら、彼の事をもっと理解出来ていただろうと言う想いが込み上げて来て、ズキズキと胸が痛む。
そんなあたしに気付いてか気付かずか、セイルがあたしを促し次の部屋へと案内しようとした時だった。

#hr

「つ……あ!」

 セイルが一声叫んだかと思うと、胸を押さえその場に座り込んでしまった。慌てて駆け寄ったあたしにセイルが手で制止する。

「セ…セイル…どうしたの!?」
「な、なんでもねぇ……。大丈夫だから…俺に触るな……。」

 その言葉と裏腹に、セイルの顔が真っ青になって息遣いもとても荒くなって苦しんでいる。こんな状態でなんでもない訳がない。あたしが手助けしようとしても、セイルはそれを受け入れてくれない。

『俺に触るな』――その言葉が、重く響き渡り心にのしかかり、涙が溢れてきた。あたしの涙が、一つ二つ床に零れ落ちた時だった。

【――全く言葉の足りぬ奴よ。この阿呆が――】

 不意に聞こえた声にあたしの体が硬直する。誰? セイルはここには誰もいないと言っていたのに声がする訳がない。セイルがその声に反応するように、苦しんでいる中で顔を上げる。

【―それは美徳ではない。ただの傲慢であろうに―】

 再び違う声が聞こえてきた。辺りを見回しても誰もいない。セイルはその声が聞こえるなり、苦しみに&ruby(あえ){喘};ぎながらもチッと舌打ちする。セイルが苦しんでいるのに情けないほどあたしの身体は硬直したまま動けなかった。
セイルは、呼吸を整えるかのように大きな息を一つ吐き出す。

「……悪かったな……フィン。お前を傷つけたようだ……。奴等のセリフじゃねぇが……本当に俺は言葉が足りねぇな……。」
「い、いいの……だってあたしは…本来なら貴方に触れられるような…人間じゃ…ないもの……。」

 あたしはそう言いながらも、涙が零れ落ちてくるのを止められなかった。

「ち、違う! そうじゃ……クッ……!」

 苦痛に歪むセイルの顔。手を差し出そうにも硬直して指一本動かない。そんなあたしの手を強く握り締めたかと思うと、力一杯あたしを抱き寄せていた。あんなに苦しそうだったのに、どこにこんな力が残っていたんだろう。
余りの事に言葉が出てこなくて、ただセイルの胸に顔をうずめ彼の心臓の音を聞いていた。

「違うんだ…。お前をここに連れて来た本当の理由…。それが&ruby(・・){これ};なんだ……。」
「え? これって……?」

 セイルの鼓動が早くなる。真っ青な顔をしながらもまっすぐにあたしを見つめるセイルの瞳。あたしをここに連れて来た本当の理由? それがこの苦しんでいるセイルの事を言うのだろうか。
セイルの呼吸がさっきより楽になったのか、大きく息を吸い込みゆっくりとあたしに声をかける。

「俺達3人の超常力が…月の運行によって増減されているのは、話したよな…?」

 突然のセイルの言葉に一瞬だけ考え込んでしまった。セイルの言う3人ってセイルとセロルナ、ロドリグスの事だ。そう言えばそうだった。以前セイルから聞いた事がある。
彼等創世に生まれた&ruby(セグローカナル・ラーファス){三聖神王};は、月の満ち欠けによって超常力の増減が激しいって。
虚ろに頷くあたしにセイルの唇に笑みが浮かぶ。

「え? でも今は満月期で…こんなに成程じゃないはずだわ。」

 セイルの言葉に思考が動き出し、セイルに尋ねると小さく溜息を吐く。

「本来なら…な。今は…星の巡りが悪すぎる。惑星直列の上に…次回の満月は……皆既月食となる。つまり、その次の満月期が来るまでは、俺は普通の人間よりも動けなくなるって訳だ。フ……全てが…あの刻と同じ星の巡りか……。」
「惑星直列? あの刻と同じ星の巡りって……。」
「……俺が、闇に堕ち…暗黒に下った瞬間だ…。それは後で詳しく話すが……とにかくただの新月期と違って、この期間だけは…俺の超常力は全く発揮されねぇ……。
その間に……フィンがフィブネスに奪われたら…俺は…自らをフィブネスに取って代わるだろう……。ならば……俺の超常力の増減にも影響のない、この宮殿に連れて来た方が……マシだったから…な。」
「え……。」

 セイルが再び小さく息を吐き出した。でも苦しそうな様子は変わっていない。

「……情けねぇ話だろ? お前を守らなきゃならねぇ大切な時期に……このザマじゃな……。出来りゃ、お前にだけは俺の無様な姿…見せたくなかった……。」
「だ、だから…触るなって……?」

 返事の代わりにセイルの両手が、更に強くあたしを抱きしめていた。セイルの言葉にあたしの瞳からは、&ruby(と){止};め&ruby(ど){処};なく涙が溢れてきた。

「泣くな……お前をフィンを泣かせるために…ここに連れて来た訳じゃねぇ…。そしてお前が願ったラトゼラールに行きたいって言う想いを…叶えるためなんだから。」
「……ない……」
「…え…?」

 セイルのサラーナを握り締め、あたしの言葉はセイルに届いていなかった。ついと顔を挙げた後セイルを睨み付けてしまっていた。

「情けない訳ないじゃない! どうして…どうして先に言ってくれなかったの? あたしじゃ貴方を守る事も出来ないって言うの? あたしはただ、貴方に守られていれば良いって言うの? そんなの酷いよ!」

 あたしの言葉にセイルが呆然としていた。それと同時に淡い光がパーンと音を立てたかと思うと、見知らぬ人がその場に現れた。
思わずセイルを抱きしめ、突然現れた人間を見据えていた。

「な……んだと。」
「貴方は一体誰? 何故ここにいるの!?」

 その人物はちらりとあたしの方を見たかと思うと、その唇に笑みを浮かべていた。その人のオーラは、計り知れないほど大きい。ゾッとするほどの超常力の持ち主だと、あたしの本能が告げる。
あたし如きでは適わないかもしれない。でも今セイルを守るのはあたししかいないんだ。例え刺し違いになっても彼だけは守りたい。その人物は…まるであたしの気持ちを見透かしたかのようにクスクス笑い出す。

【……ほほう、その娘が遥か未来でカザマが選びとった&ruby(めぐ){恵};し&ruby(ご){子};か。成程良い気性をしておる。それにしても見事に無様な姿だなセイクリッドよ。】
「……は…言ってろ……。だが…久しいな……ラーディス……。」
【フフ、苦しみ喘ぎながらも、まだ憎まれ口を叩けるか。そういう所だけは、全く変わっておらぬようだな。】

 え? ラーディス? セイルがここに来る前にぽつりと言っていた人物の一人だわ。

「フィン、大丈夫だ……こいつは…敵じゃねぇ……。最も…味方でも…ないかもしれないが…な。」
【ほう…とんだ挨拶だな。助けてやろうと言う気も失せるぞ?】
「……良く言う…ぜ…。」

 セイルの言葉に頭が混乱してしまう。敵でもなければ味方でもない? それは一体どう言う事なんだろう。それにこのラーディスって、聖霊達が持つ波動を持っている。ただ、その超常力は遥かに高いみたいだけれど。もしかして、彼も聖霊の一人なんだろうか?

【…勘のよい娘だ。セイクリッドをこちらへ。】
「セイルをどうするつもりなの。」

 セイルを抱きしめながらも警戒しているあたしを嘲るかのように、セイルに手を差し出すラーディス。

【我を疑うならそれも良かろう。ただしこのままでは、セイクリッドの命数は、次の次に巡る月まではもたずに尽きるであろう。セイクリッドよ、そなたが弱る事を知っておりながら、その絶好の機会を逃すような甘い奴であったかな? あやつは……。】

 喉の奥で笑うラーディスの言葉に全身が凍りついた。セイルは、『余計な事を言うな』と言わんばかりに弱っているはずなのに、ラーディスを睨み付けていた。ラーディスの言う『あやつ』とは、あたしが一番恐れている悪魔の事だ。

 それに今、このラーディスと言う人物は何と言ったの? このままでは…セイルの命数が尽きる…って。そんなの…嘘よ。だって、セイルはほんの少し前に彼の命が尽きるのは、遥か&ruby(いくせいそう){幾星霜};先だと言っていたわ。

 でもこのままだと、セイルはあの悪魔に強引に消されてしまうの? いやだ、セイルを死なせたくない、失いたくない。あたしが恐れる事が同時に起こり得ると言うのなら、何も悩む必要はない。セイルの命を優先するわ。

「セイルを助けてくれるのね。」

 あたしの言葉に、セイルがあたしの耳に何かを言っていたけれど、その声はあたしには届いていなかった。ラーディスが唇の両端で微笑んだかと思うと、突然セイルの周りに凄まじい超常力の渦が流れ出す。

 まるで激流のように轟音を立てて流れていく超常力。一瞬の&ruby(きらめ){煌};きがあたしの目にも映っていた。これは何? いつかどこかで見た事がある気がする。

 ――未来は背後より&ruby(きた){来};りて見えざるもの、過去は前方より&ruby(きた){来};りて見えゆくもの。未来と過去…相互の力の均衡が、僅かな狭間を生み出し&ruby(いま){現在};となる。過去は未来となり、未来は現在となり、現在は螺旋の如く&ruby(めぐ){廻};り来る未来と過去を紡ぎ続ける――

 その言葉をいつか…どこかで誰かに聞いた事があるような気がする。それは何時の事だっただろう。悠久の刻の流れのどこかで……懐かしい誰かが教えてくれた。それは思い出そうとすると、儚く指の先から零れ落ちていく。

 一際激しい超常力が、セイルの周りから&ruby(そ){逸};れたかと思うと、閃光を放ってあたしの目の中に飛び込んできていた。

「フィン――!?」
「きゃぁぁぁ!」

 その直後頭の芯が、途方もなくザワザワと波立ち、成す術もなくその波に翻弄される。それは決して恐ろしいものではなかったけれど、容赦のない深層意識があたしに襲い掛かってきた。様々な欠片と共に。

 その流れのような、光の波のようなものを受けていたのは時間にしてほんの僅かだったのかもしれない。全てが終わった後には、全身の疲労感があたしの中に残るだけだった。

#hr

「ラーディス! てめぇ、フィンにまでなんて事しやがる!」

 自分が現在に引き戻されたと感じたのは、セイルがラーディスを罵倒する言葉だった。

【まこと、&ruby(いんぎんぶれい){慇懃無礼};な奴よなセイクリッド。我を罵倒する前に礼を言って然るべきであろうに。そもそも初めに我に願いをかけていたのは、そなたであろう。】

 あたしの視界の中で、先程まで話す事もままならなかったセイルが、ラーディスに文句を言っている姿が映し出されていた。

「セイル…を助けてくれたのね。ありがとう……。」

 あたしの言葉にラーディスが柔らかい笑みを浮かべる。あたしが先程まで受けていた近寄りがたい印象が、ラーディスから消えている。
セイルが安堵の溜息を漏らした後、あたしを抱きしめていた。

「…すまなかったなフィン…俺のために。ラーディスにも…感謝してる。」

 セイルの言葉にラーディスの唇に笑みが浮かぶ。

【フ……そう言う所はいくばくか変わった様だな。彼の刻であれば、そなたからそのような言葉が聞けるなぞ、予想だにしなかった事ぞ。永きに渡っての封印の&ruby(たまもの){賜物};か、はたまたその娘がそなたを変えたのか。】
「…茶化すな。ラーディス頼みがある。」

 ラーディスが冷ややかな視線でセイルを見つめていたけれど、セイルはそれを気にもしてない様子だった。

【過去に戻りたいとでも言うつもりか?】
「ああ、&ruby(こころ){精神};で跳ぶだけなら簡単だろうが、フィンをラトゼラールに連れて行きたい。今俺の手助けをしてもらった上に出来る願いじゃないのは、充分承知している。」
「セ…セイル! もう良いの。自然の理をこれ以上曲げちゃダメよ。」

 あたしの言葉をその手で遮り、ラーディスを見据えるセイル。ラーディスは、その唇に嘲笑を浮かべていた。

【10の環と5の輪、5の和のためか? それを…&ruby(こんせい){今世};の人が求めると言うのか? 愚かな事を言う…そなた達がそれを手に入れられるとでも思っているのか。】
「あいにくと必ず手に入れるさ。例えどんな手段を使おうとも…な。」

 あたし達は最初に環の事など何も言っていなかったのに、どうしてこのラーディスはそれを見抜いてしまったんだろう。セイルもそれを不思議としないままに彼と話をしている。
あたしはと言えば、そのまま言葉もなく2人のやり取りを聞いているだけだったけれど、突然話を降られてしまった。

【娘よ、環を求めるは&ruby(なにゆえ){何故};だ? セイクリッドの答えは判り切っているが…そなたの答えを聞いていなかったな。】
「え? あ、あたし?」
「ラーディス!」

 ラーディスは突然、あたしに答えを求めてきた。セイルがそのラーディスを咎めているけれど、ラーディスはセイルの言葉には構っていない様子だった。

【セイクリッドよ。我はその娘に聞いておるのだ。そなたは少し控えよ。】

 有無を言わさぬラーディスの言葉にセイルが歯噛みしているのが伝わってくる。どうしてあたしが環を求めるのか。それは悪魔から逃れたいため? ……それだけなんだろうか。ううん、それだけじゃない。出口を探して求める言葉があたしの中に渦巻いていた。

「……人としての自分の宿命を受け入れ、ただ運命に翻弄され続けないために…。セイルと生きていける自分のために、環を求めているんです。」

 あたしの返答に瞳を閉じて聞いているラーディス。セイルも一瞬顔を歪ませていた。あたしの返答は間違っていたのかもしれない。でも今はそれ以上答えようがなかった。

 いつかどこかで、誰かに同じ事を言ったような気がする。あれは何時の事だったんだろう―不思議な感覚があたしを支配する。
あたしの返答の後にラーディスが、唇の端で笑っていた。

【――承知した。セイクリッド、そなた達の戒めの刻が終わったら、再び我とアルセリオンを求めよ。その時には代償たるものが必要になるがな。】

 ラーディスはそう言うと、セイルの言葉を待たずに出現した時と同様に蒼い光に包まれ、その姿を消していた。呆然としているあたしの目の前で、セイルがあたしの腕の中に倒れこむ。

「セイル!?」
「大丈夫だ……。ラーディスのセーナ(自然から借りた超常力)が…まだ俺に馴染んでいないだけ…だから。もう少ししたら落ち着くと思う……。」
「セイルの馬鹿! そんなに真っ青な顔をしているのに強がったりしないでよ。そんな事されたって嬉しくもなんともないんだから!」

 あたしの言葉にセイルが苦笑する。それと同時にあたし達2人の周りが一瞬霞んだかと思うと、次にはあたしがこの城に来て初めて目覚めた部屋のベッドの上に居た。今…何が起きたのだろう。セイルがいつもやっている空間転移とはまた違う。
ただ驚いているしかないあたしの傍でセイルが小さく舌打ちしていた。

「……チッ……加減が判らなくなってやがる…だから、奴等からのセーナを受け入れるのは嫌なんだ…。」

 そう言うとセイルは、ベッドの上に倒れこんでいた。

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