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**セグローク・ラーファ [#e698fe13]

RIGHT:''&color(#ffdab9,#000){著者:真悠};''
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 ―――それは、地球のある宇宙が出来る遥か以前の事。
地球創世のなる2代前の宇宙の出来事である。
一つの大きな意思の中で、ゆるゆると最後の刻に向かって、進んでいた一つの宇宙があった。
その世界は、かつては美しい世界だったが、真なる魔が押し寄せ、今では美しい世界は微塵も残っておらず、荒涼たる荒野が広がっていた。
そこに僅かばかりに生き残っていた人々。
真なる魔との戦いのために、全てを失い今まさに自分達の世界すらも失おうとしていた。

「…我等の世界も今までの数多い世界のように、真なる魔に滅ぼされんとするか……。」

 小さく呟く1人の老人。そこに居合わせた数人は、返す言葉もなく静まり返っていた。
実体の持たない“真なる魔”それとどう戦えばいいのか。
試行錯誤しながら、戦いを続けてきたものの、人々は失うものが多すぎたのだ。
諦めに似た溜息が漏れる。

「……奴等と対抗出来るのは、&ruby(アストラル){精神体};しかない。
だが、その&ruby(アストラル){精神体};すら、あいつ等を本当に捉えているのか怪しいものだ。」
「うむ……。」

 老人の顔に翳りがよぎる。再びそこに居合わせた皆の顔が曇る。

「最後の手段はあるぜ?」

 真剣な面持ちで話し合っていた場所に、突然の来訪者が現れた。
突然の来訪者に驚いてい振り返る人々。
その者は、老人の下にズンズンと歩み寄る。 

「セグローク!? 何だいきなり!」

 人々は、その男性を非難していた。
さもあろう、重大な話をしている中で、いきなり何の前触れもなくその場に現れたのだから。
老人が怪訝な顔つきで、その男性を見つめている。

「最後の手段と言いおったか? セグローク、この世界の最高の剣者よ。
最後とは…聞き捨てならぬ内容ぞ?」

 老人の言葉にその男性は、大袈裟に肩を竦め言い放った。

「そう、もう最後だろうが。一番先に女や子供達が真なる魔によって滅ぼされちまったんだ。
この世界で誰が子供を生んでくれる? 誰が次代の世界を担う?
生き残ったのは、我々男のみ。それが最後でなくてなんと言う。
男だけでは、生み出す事も育む事もできやしない。」
「た、たった一人、子供を生み、育んでくれる女がいるでないか!」

 セグロークの意見に反対の異議を唱える者がいた。だが、セグロークは呆れた口調で言い放つ。

「馬鹿か貴様は。そのたった一人とて、未だ幼い&ruby(みこ){神女};だ。
その彼女に、ここに残っている100人の男を相手にしろとでも言うのか?
自分達の血を子孫に残すってのは、男でも女でも本能ではあるがな、
そのたった一人の女を巡って互いに残った者同士血を流す事になるんだぜ。
……女達が子供を産めなくなり、死に絶えた時点でこの世界は、崩壊に繋がっていたんだ。
それなのに、その全ての犠牲を幼い神女におっかぶせる気か?
もう一度言う、俺達の世界は既に滅びているんだ! これ以上の犠牲は必要なかろう!」

 セグロークの言葉に人々は唇をかみ締め、悔しそうな顔をしている。
彼の言った事は、皆が心の片隅で思っていた事であった。
だが、今まで誰一人としてそれを口にしなかったのである。
深い溜息と共に老人が、口を開く。

「……では聞こう。セグロークよ、お前はどうやってこの戦いを終結させる?」
「簡単な事だ…。
この宇宙の中心であるこの星に真なる魔を集結させ、&ruby(アストラル){精神体};で封じ込め、
星ごと跡形もなく消し去ればいい。」 

 セグロークの意見は、そこにいた者達全てを怒らせた。

「ば、馬鹿な事を言うな!
そんな事をすれば、我々の住む世界が完全に失われてしまうぞ!」
「我等とて無事では済まぬのだ。それを敢えてやろうと言うのは、我等全ての死に繋がるではないか!」
「真なる魔との戦いで、気でも触れたのかセグローク!」
「それとも貴様、真なる魔に侵されおったか!?」

 人々の罵りなど気にも留めていないようなセグロークの態度は、更に人々を苛立たせた。
セグロークは呆れたように溜息をついた後、すさまじい眼光で人々を一瞥する。
その眼光は、鋭く近寄れば粉々に切り刻まれるかのようなものであった。
視線で人が殺せると言うのなら、彼のその時の視線は、そこにいる者達を殺していただろう。

「ならば、逆に聞こう。反対する貴様等は、何を以って奴等と戦おうと言うのだ?
その手段を教えてもらおうじゃないか!」

 セグロークの言葉に再び静まり返る人々。
彼の提案は、確かに目茶苦茶なものだが、それ以上に真なる魔との対抗策が見つからない。
眼を逸らし、口をつぐむ人々。

 重い沈黙に支配された場に鈴の音が響き渡る。ハッとなり顔を上げる老人。
そして、驚いている人々。セグロークは、鈴の音が響いた中心を見つめていた。
そこに1人の幼女が現れる。
彼女こそがこの世界、聖ムートリアのたった一人生き残った女性であり、
幼女でありながら、全てを見通す&ruby(みこ){神女};であった。
人々は、幼き神女に恭しく&ruby(ひざまず){跪};く。

「……この世界一の剣者であり、知恵者であり、統一者であるセグローク・ラーファ。
貴方の言うとおり既にこの世界は、息絶えております。
もはや…大いなる意思は、この星より離れて久しい。
魂の平安のために、真なる魔の一部なりとでも封じておかねば、全ての宇宙はやがて魔に飲み込まれる事でしょう。
それだけは……避けなければなりません。」

 幼い神女の言葉に、男達は言葉もなかった。ただ唇をかんで項垂れるだけである。
認めたくない事実。自分達の美しかった世界は、既に滅亡していると言う事。
だが、荒涼たる荒野は、いやでもその事実を彼等の目の前に突き出していた。
すでにどんな命すらも産み出さない大地。
止まってしまった自然の営み。
再生しようとどれだけ頑張っても、まるで嘲笑うかのごとく、彼等の手から産み出されるものは何もなかった。

「遥か&ruby(いくせいそう){幾星霜};の先で…我々の魂が回帰する場所が、必ずあります。
身体は滅んでも…その想いである魂は永遠に輪廻を繰り返すのです。
今、自分達の世界が滅んでいるからと言って、全てに対して絶望ではありません。
……私はこの世界最後の神女として、生き残った女として、その勤めを果たしましょう。
この身に真なる魔を出来る限り集め封じ込めます。
その刻にどなたか介添えをしていただけませんか?
恐らく私1人では…真なる魔を封じ込める事が出来ても、この星及び私自身を粉砕する事は出来ません。」
「し、しかし! 例え、既に大いなる意思がこの星から離れたにしても、貴女はそのたった一人の神女であられます!」
「そうです! それではこの星の全ては本当の意味で失われてしまうでしょう!」

 慌てふためく人々を他所に、セグロークが神女を見据えて言い切った。

「――誰も神女である貴女を傷つける事はおろか、触れる事も出来ないでしょう。
ならば、その役目この俺が果たしましょう。」
「セ…セグローク!」
「何を馬鹿な事を言っているのだ! 神女は……我等の最後の安息であるぞ!!」

 セグロークの申し出は、神女を微笑ませたが、他の者達はそれを良しとしなかった。
だが、当のセグロークは再び人々を見据えて言い放つ。

「……安息など既にこの世界にも俺にもありえない話だ。
大いなる意思がこの星から離れても尚、神女を守っていると言うのであれば、俺がその&ruby(かんき){勘気};を全て引き受ける。
元々俺の身体は、幾万の血で染まっている。
精神体となり、魂となってもそれは払拭される事はなかろう。
貴様等に“神女殺し”をやれとは言わん。それに出来るとも思っていない。
過去、現在、未来においてこの俺こそが、その悪名に相応しいだろう。」

 もう何を言っても彼を止められない。そして、滅びを受け入れようとする神女も……。
セグロークは、幼き神女に深々と敬礼するとその場を出て行った。

「この星の&ruby(さだめ){宿命};に従えぬ者、従わぬ者は&ruby(と){梳};くこの場から
…いいえこの星から逃げおおせた方が良いでしょう。
新たな星を見つけるもよし、この星と共に散って行くもよし……。
それは貴方達の判断に任せます。」 

 神女がそう言うと再び鈴の音がその場に響き渡り、神女の姿は鈴の音が消えると同時に皆の前から姿を消していた。
静まり返った場には、人々のそれぞれの決意があった。


 とある一室でセグロークが、1人の女性の肖像画に見つめそっとその側によっていく。
壁にもたれかかり、女性の肖像画に静かに頭をつけていた。

「……フ……どうやら俺が最後に流す血は、我等の神女になりそうだよ。
……ファリス……お前のいる天には逝けそうにない……。
魂の回帰も輪廻も俺には無用なのかもしれない。」

 どんなに話しかけようと肖像画は、美しく優しい微笑を浮かべたままであった。

「愛するお前を手にかけたあの時から、俺の時間も止まったままだ。
いっその事…この俺が一人でなければ、あの忌まわしい狂気から救われたかもしれないな……。
と、言っても今更せん無き事だが。」

 セグロークは小さく溜息をつくと、肖像画を見つめ愛しげに自分の指で描かれている女性の顔をゆっくりとなぞる。
そして自嘲気味に唇の端に笑みを浮かべると、その部屋を後にした。

#hr

 生き残った人々のうち何人かは、この星からの脱出を試みようとしていたが、刻は既に遅く真なる魔に取り囲まれ、あげくその身を真なる魔に奪われてしまっていた。
そして、残った人々は、神女やこの星と共に一緒に逝く事を望んだ。

 セグロークは幼い神女と共にその星の中心であり、要である神殿に辿りついていた。
空を見上げると、どす黒い塊がその星全てを覆っていた。
どんなに無垢な魂も刻が移り変わるに従って、色々なしがらみや欲が出てくる。
美しく進んだ文明でもいつかは必ず、滅びを迎える。
それは世界や宇宙全ての理である。
その栄光にしがみついてしまったら、それが真なる魔を呼ぶのか……
セグロークはぼんやりとそんな事を思っていた。

 幼い神女は、全てを決意した顔でセグロークを振り返った。

「セグローク・ラーファ…私の思いを大事にしてくれてありがとう。」

 唐突な神女の言葉にセグロークがまじまじと神女を見つめていた。

「神女の思いを大事に…って。この俺が?」

 セグロークの質問に神女は、柔らかく微笑む。

「ええ、してくれました。本来なら…私は、生き残ったただ1人の女として
男達の争いの元になっていたのを貴方が、止めてくれたんです。
そして、神女としての生き方を諭してくれました。
今、私が神女としてあるのは、貴方のおかげです。」

 神女の言葉に苦笑するセグローク。

「……戦の中で……嫌と言うほど見てきましたから。
男が女に対してどれだけ野蛮な事をするか…。
いくら神女に生まれたからと言って、男共の餌になる必要はないでしょう。
本来なら、貴女だけでもこの星から逃がして差し上げたかったが……。」

 セグロークの言葉に神女は静かに首を横に振る。

「愛する星がなくなると言うのに、たった一人生き残った神女など何になりましょう。
全て失われたとしても、せめてこの星の息吹に抱かれていたいのです。
セグローク・ラーファ……私の望みを叶えてくださる貴方に最後の予見をいたしましょう。」
「いいえ…予見を知ったところで、この星もこの身も滅びるが定め。
何の得にもなりません。」
「――それでも……私の最後の予見を受け取ってください。」


 神女はニッコリと微笑むとその身体が、様々に光る球体に包まれた。
トランス状態になったかのように神女の頭がカクンと下を向く。
そしてゆっくりと、セグロークの方を見つめる神女の瞳は、先程までの幼女の瞳ではなかった。
ゴクリと息を呑み込むセグローク。

『汝セグローク・ラーファ。
世界一の剣者であり、世界一の知恵者であり、世界統一を為し得たるただ1人の者よ。
汝は、過去・現在の神女を殺したる者として、宇宙を崩壊させた者として、
その身・魂、しばしは、暗黒の&ruby(しとね){褥};の中に身を&ruby(やつ){窶};さなければならぬ。
その強力な精神体もいくつにも別れて、封じ込められる。
したが……その間は汝の望む安息も得られよう。
それ以外は、回帰と輪廻を繰り返しても、真の安息は得られる日はない。
闇の中の小さな光が灯されるその刻まで、苦痛と後悔と重荷の世界をめぐるであろう――』


 最後の予見を受け愕然としているセグローク。
神女はそのまま崩れ落ちるように倒れた。
それを合図にするかのように空に蠢いていた真なる魔が、彼女を取り巻きその身体の中に入っていく。

「神女!」

 セグロークが叫んだ時は、すでに彼女の意識はなく真なる魔が、
吸い込まれるかのごとくその身体に次から次へと入っていく光景が映し出された。
実体を手に入れた真なる魔は、初め喜んでいたが、そのうち出る事が適わなくなり、もがき苦しんでいた。
セグロークは、己の鞘から剣を抜き放つ準備をしていた。
小さな幼女の身体にどれほどの真なる魔がかき集められたのだろう。
これが神女でなく、普通の人間ならば、すでにその意識をのっとられ、
身体を自由に動かされていた事だろう。

 見誤るな。その瞬間を。
真なる魔が、呼び寄せられ最高潮に達したその刻を。
黒い霧のようなものが、幼い神女の身体の中に入っていく。
カッと目を見開き、ビクンと大きく背中を仰け反らせる神女の身体。
その幼い身体は、次第に黒くなっていく。

“今です。”

 神女の声が頭の中で響いた。
その瞬間、セグロークの剣が抜き放たれ、金色に輝き神女の身体ごと真なる魔を斬り捨てていた。
幼い神女の身体からは、深紅の血が飛び散り、セグロークの身体を朱に染めた。
セグロークの瞳から熱い涙が零れ落ちていた。


“……ありがとう。セグローク・ラーファ。
これで私もやっと神女の役目から……開放されます。
辛い役目をさせてしまって……申し訳ありませんでした……。”

 遥か彼方から神女の声が小さく届いていた。
セグロークは、涙をふき取るとふら付く足取りで神殿の奥に進んでいく。

「まだ……終わりではない……。」

 その神殿の奥には、力のある石が整列されていた。それはこの星の中枢。
本来ならば、そこはその星の全ての機構を司る重要な場所。
セグロークは、震える手で一つの大きな石を神女の血の付いた剣で叩き割った。
と、同時にすさまじい音を立てて、整列していた力ある石が、ばらばらに動き出す。

 立っていられないほどの大きな揺さぶりが、星中を襲っていた。
不協和音の金属音が、そこかしこで鳴り響く。
ガラガラと音を立てて、天井が落ちてくる。
それにも構わずにセグロークは、更に奥へと進んでいく。

 彼がたどり着いた場所には、1mほどの大きさのひし形の水晶が、虹色に輝き光を放っていた。

 その水晶を前に再び剣を構えなおす。
精神統一でもしているかのように、瞳を閉じ息を整えているセグローク。
その瞳が見開かれたとき、彼の剣は、真横に振られていた。


 ―― パーン ――


 金属音と共に水晶は粉々に砕け散った。
その瞬間、すさまじい衝撃が星全体を覆っていた。
それは――この星の要石であった。全てを支えていた力の源。
要石が破壊されたと同時に、星が支えを失ったのであった。

 地殻の変動が始まった。そして、あちこちでマグマが吹き上がる。
セグロークのいる場所すらも例外ではなかった。
激しいマグマが、足元から吹き上がる。
セグロークは、小さく溜息をつき、その場に力が抜けたように座り込んだ。

「神女の最後の予見……。結局俺には、安息の地等ありえない……か。
フ……これも全て“神女殺し”ゆえ…か。
過去と現在の神女殺しに加え、この宇宙を滅ぼす者じゃぁな……。
それでも…回帰や輪廻が出来るだけ……まだマシか。
幾星霜か重ねたら……お前に会えるのだろうか? 俺の……ファリス。」


 セグロークの呟きは、轟音と爆発によってかき消されてしまった。
そして、その轟音が治まると、その星は瞬時のうちに粉々になっていった。
その星がなくなるとぽっかりと大きな黒い穴が宇宙に沸いていた。
その穴は、その宇宙の星を次々と飲み込んでいった。


 ――― 人の手で崩壊させたとしてもそれは、我の意思でもある。
      傷つき滅んだ魂よ。我が元に集え。
      新たな世界が出来るまで……我が元でその傷を癒すがいい。
      安息を求める者よ……。
      我が腕の中でしばし、その翼を休めよ。
      魂の成り立ちは、永遠なのだから…… ―――


 セグロークの意識がなくなる瞬間、そんな声を聞いたような気がした。
時々光が交差する中、セグロークの魂は眠りについた。
果てしない安息に守られて―――

CENTER:――セグローク・ラーファ END――

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