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7.七夜月

「7月はね、むかーしむかしの呼び方で七夕月とも言うし七夜月とも言うんだよ。」

 私が小さかった頃、母は唐突にそんな事教えてくれた。私達の住んでいる北海道では、七夕は8月。七夕が7月にあるのが不思議でならなかった。

「えー? だって七夕祭りがあるのは8月でしょう? どうしてそう言うの? なんか変だよ〜。」
「北海道では8月だけれどね、本州は7月なんだよ。昔の人が考えた月の違う名前なんだよ。綺麗な響きだよね。お母さんが一番好きな月の呼び方だよ。」
「ふ〜ん…。」

 どうして七夕が場所によって1ヶ月違うのかは良く判っていなかった。ただ、母の言葉と共に夜空を見上げて天の川を探したあの日が今でも心に残っている。
陰暦の月の読み方を教えてくれたのもこの母だった。

「1月は睦月、2月は如月、3月は弥生、4月は卯月、5月は皐月、6月は水無月、7月は文月、8月は葉月、9月は長月、10月は神無月、11月は霜月、12月は師走。でも7月の文月と言うより、七夕月または七夜月と言った方が、何だか綺麗でしょう? もしも出来るならそんな綺麗な名前の月に死にたいもんだね〜…。」

 子供のようにニッコリと微笑んでいた母。『死』と言う言葉にびっくりした私。その後、泣きじゃくってしまい母をおろおろさせたのを覚えている。お母さんを死なせるような7月なんか大嫌いだと叫んでいたような気がする。

 そして大人になり、母から離れた街で生活していた私。7月に弟から突然の電話がかかってきた。
それは…突然の母の急変だった。

「姉貴! すぐに来てよ。お袋が危篤なんだ!」

 始めは何の冗談かと思った。つい1週間前に遊びに行った時は、元気だった母が危篤? 危篤って…何? その言葉を認識するまで、かなりの時間を要していた。弟の声はとても焦っていて、動かない私の頭の中や耳に次々と畳み込んでいく。
仕事の途中だったけれど、早くに切り上げて駅に向かった。一足遅く列車が出てしまった後。弟に1時間後の列車で行くことを電話かけた時。

「……姉貴…遅かったよ。たった今、お袋が……。」

 え…? 嘘だ。何かの冗談だ。足元がいきなりなくなり、私の顔から血の気が引けた。それまで明るかったはずの周りの景色が、一瞬にして暗くなり、耳の奥で地鳴りのような金属音のようなものがずっと響いている。
母のいる街、私の生まれ故郷に列車で向かっている間、&ruby(うたたね){転寝};をしていたようで繰り返し繰り返し、母の夢を見ていた。

『お母さんはね、7月が一番好きなの。だって七夕って年に一度、恋人同士が会える月なんだもの。七夜月…7日間夜になるのを待ち遠しくなるでしょう? なんとなくロマンチックでしょう。』

 暖かい手で私の手を握り締めて、笑顔を見せていた母。一緒に星を数えた幼い日々。それらを何度も繰り返し夢を見ていた。夢から覚めるたびに涙が頬を伝っていた。
生まれた街に着くと、弟が迎えに来てくれていた。
病院で対面した母は既に冷たくなっていた。どんなに母の身体をさすってもその行為は空々しいもので、冷たくなった母の身体は温かみを増す事がなかった。
その手を握り締めても握り返してくれるわけもなく、ましてや声をかけてくれるわけでもない。

 私はただ子供のように「お母さん、お母さん?」と泣き喚いていたように思う。幽鬼のようになりながら、漠然と時間が過ぎていく。慌ただしい日々が怒涛のごとく流れていく。
地に足は着いておらず、映画を見ているかのように周りが動いている。
何を言ったのか、何をしたのか、月日さえもいつなのか理解しようにも、頭が働かない。動くのを拒否している。

 これ以上泣いちゃいけない。弟だって悲しいのに私がこれ以上泣いていたら何も出来ない。胸に詰まった重石が、大きく私の中にふさがってくる。
慌ただしさが落ち着きを見せ、なんとか日々の日常生活をこなせるようになった時、ふいに母の言葉を思い出していた。

『7月は七夜月。綺麗な名前の月だよね。お母さんは7月が一番好きだよ。』

 陰暦のほかに七夜月と言う言葉を教えてくれた母。子供のような笑顔を見せてくれた幼い頃の母。その母は、昔母が死にたいと言っていた7月に亡くなった。あの時、私にそう言っていた母には、何かの予兆があったのだろうか? 時は巡っても、二度と再び母に会えないんだと戻ってこないんだと、認識すると涙がボロボロと零れ落ちる。
 陰暦のほかに七夜月と言う言葉を教えてくれた母。子供のような笑顔を見せてくれた幼い頃の母。その母は、昔母が死にたいと言っていた7月に亡くなった。あの時、私にそう言っていた母には、何かの予兆があったのだろうか?

 時は巡っても、二度と再び母に会えないんだと戻ってこないんだと、認識すると涙がボロボロと零れ落ちる。
きっと、ずっと忘れる事はできないだろう。7月は七夜月…。星を見上げるたびに日々を数えるごとに懐かしく切なくなる。胸がキリキリと痛んで喉の奥に何かが詰まる。
ふっと通り過ぎるかのように、母の声だけが今も耳に残っている。


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