Novel

光と風の環 <始まりの刻>

著者:真悠
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 セイルが消滅したら、あの悪魔を止めておく手段はない。
それが遥か未来(さき)の事であろうと、それは、三勇者の死を意味している。
そうなったら、神にも等しい超常力(ちから)を持つあの悪魔の復活が為される。
そんな事になったら、もう二度と止めようがない。

「教えて! その方法ってなんなの。どういう風にやればいいの?」

 あたしの言葉にセイルが困ったような顔をしていた。それに反して聖霊王達は穏やかな微笑を浮かべている。

【愛し子よ。そなたの思いが強いと言うなら、まず10の環と5の輪、そして5の和を探し出す事だ。】
「10の環と5の輪と5の和? それは…どんなものなの?」
【そうよの……。それは人の目に見えぬものであったり、人の目に見えるものであったり。】
【この大陸だけでなく、世界の至る所に存在するもの。】
「え……?」

 意味不明なカザマ達、聖霊王の言葉に困惑するあたし。セイルが聖霊王達を見据えて声を出した。

「さっきから黙って聞いてりゃ……。俺に係わる事だって言うのに随分曖昧じゃねぇか。
しかも、俺抜きで話を進めやがって。そんな曖昧なものをどうやって見つけろと言うんだ?」

 セイルの言葉にクスクス笑う聖霊王達。カザマが憮然とした表情になる。

【ふん…セイクリッドそなたの事など、我にとっては不要なのだ。愛し子の強い望みがなくば、方法すらも教えぬはずだったのだ。感謝されこそすれ、恨まれる何物もない。】

 カザマがぶっきらぼうに言い放った。セイルが思わずカザマを睨みつけている。
あたしは言葉もなくただ呆然としているだけだった。
クスクス笑いながら、水霊王のミズナが話を始める。

【全く…カザマは昔からセイクリッドに、いちゃもんをつけるのがお好きでしたね。
曖昧ですが、それしか教えようがないんですよ。自分の事も関わると言うのだから、我慢するしかないでしょう?】

 ミズナは優雅な微笑を浮かべて、セイルに答えを返した。
同時にミズナを睨みつけるセイルとカザマ。ミズナは素知らぬ顔をして微笑を浮かべている。

「それを……見つけ出せたらセイルが、消滅しないで済むの? そしてあわよくば、あの悪魔から逃れられる事が出来ると……貴方達は言うの?」

 あたしの言葉に聖霊王達が頷く。

「……やるわ。10の環と5の輪、そして5の和を探し出す……!
でもカザマは、それは人の目に見えるものであったり、人の目に見えないものであると言ったわ。それはどうやって見つけた事にすればいいの? それをどこにもって行けばいいの?
それとも全てが終わったら、貴方達を呼び出せって言う事になるの?」

 あたしの言葉に闇の聖霊王ルーグが首を振る。カザマが小さく溜息をつくとスッとあたしの左腕にしているアームレットを指差した。
そして、他の聖霊王達も。

【そのアームレットは、この世界の中で創世の超常力が残る3つの内の一つのもの。
その中に見つけ出した環と輪、和が凝縮され吸収されるであろう。
全ての環が揃った時は……聖地に赴きそれを開放させる事だ。】
「聖地…だと? この世界のどこにそんなものがある。」
【……それは己で捜すがいい。愚か者め。先程も言うたが、そなたのために教えているのではない事を忘れるでない!】

 再びセイルとカザマが睨みあっている。火の聖霊王エンラが2人のその様子にケラケラと笑い出す。他の聖霊王達も苦笑したり、噴出して笑ったり。
……2人のこんな掛け合いは、遥か創世の時代からされていたんだろうか。カザマだって、風の聖霊王なのだからかなりの超常力を持っているんだろうし、セイルだってその超常力は、強力すぎるものがある。
その2人が本気でぶつかり合ったら……?
考えると、背筋にぞっと冷たいものが走る。

「あ、あの、その環は何から見つけ出せばいいの? それに、どれだけ集めれば、あたしはあの悪魔から逃れられるの。」

 あたしの言葉に睨みあっていたカザマとセイルが、あたしの方を見つめなおす。
気分を変えるかのように深く息を吐き出し、答えてくれるカザマ。

【どれからでも構わぬ。……あやつから逃れるためであれば、そのうちの一つでもあればあやつから気を絶つ事は、可能になるであろう。
ただし……見つけるまでは、あやつの邪魔も激しくなろう。下手をすれば、それまでに愛し子自身が、あやつに取り込まれる可能性もある。それは、セイクリッド、そなたがついていようとなかろうとな。】

 背筋に冷たいものが走り、思わず腕で自分の身体を支えていた。
そんなあたしをさりげなく支えているセイルの顔つきは、かなり険しいものだった。

「……上等だ。お前達が提示した環の中の一つでも手に入れれば、とりあえずこいつが悪夢に悩まされる必要は、なくなるって訳だな?」
【…自信がありそうだな? だが、それまでカザマの愛し子が、夢の中であやつの手に堕ちたその刻は、そなたも只では済むまい。セイクリッド。
それでも敢えて挑戦すると言うか。】
「ボケたか? ルーグ。この俺の事なんざどうでも良い事だ。
あいつの手にこいつの髪の一本とて、渡して溜まるものか!」
「セイル……。」

 セイルはその激しい言葉とは裏腹に、あたしをそっと抱きしめる。
セイルの温もりが、あたしの恐怖に脅えて冷たくなった身体をゆっくりと温めてくれる。
光の聖霊王ルシリスが、まじまじとあたしとセイルを見つめていた。

「?」
「何なんだ? ルシリス俺達を随分見ているな。」
【…あら…なんだ。セイクリッドはまだカザマの愛し子と本当に結ばれていないのね。まぁ、カザマが邪魔をするから当たり前でしょうけれど…?】

 光の聖霊王ルシリスの言葉に真っ赤になるあたし。
セイルは、一瞬何とも言えない表情をしたかと思うとルシリスに射る様な眼差しをする。

「余計な世話だ! 用事が終わったらとっとと消え失せろ! 貴様等が一ヶ所に居るって事は、バランスが崩れる他ないだろうが!」
【確かにその通りですね。あやつが我等を捕らえようと(うごめ)き出しましたね。】
【ふむ…創世の娘との約定(やくじょう)も果たした事ではあるし、それぞれに戻るか。】
【まあ、どこに居ても我等は、この世界の一端であるからな。セイクリッドに邪険にされてもその全ては消せまい?】
【…カザマの愛し子とそなたがどこまでやれるか見届けてやろう。】
【世界の本質を崩さぬように頑張る事ね。2人だけで辛くなったら、彼等に手を借りたり知恵を借りるのも一つの手だわ。】
【我が授けた事、無駄にするでないぞ、セイクリッド。】

 6人の聖霊王達がそう言うと、シャラーンと言う鈴のような音と共に微かな光の光源を残し、その姿はあたし達の前から一瞬で消え失せていた。
後に残されたあたしは、しばらくの間呆然としていた。

 セイルが小さく溜息を吐き、そのあとに舌打ちをして、周りを(うかが)う様に険しい目つきになる。ほんの一瞬、あたしの身体が硬直した。

「…ったく! あいつら……余計なものを呼び出しやがって!!」

 セイルはそう言うと、いきなりあたしを抱えてその場から上空に飛翔する。
セイルの背中越しから見えるどす黒く渦巻く気が、あたし達を狙い上空に飛翔しようとするけれど、超常力が足りないのか地響きを立て、大地に落ちてしまう。
飛翔できないと知ると、すさまじい黒煙が上空に立ち上ってきた。
それはセイルの背中を確実に狙っている。

「危ない!!」

 あたしが叫ぶのとセイルが振り向くのとほぼ同時だった。
信じられない事にあたしが咄嗟に出した右(てのひら)に、すさまじい超常力が凝縮されたかと思うと、そこから光の波動が溢れ出し、その黒煙とどす黒く渦巻く気に放たれた。

『ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――』

 断末魔の叫びかとも思える声が響いた後、それは跡形もなく消え去っていた。
自分の右手を信じられない顔で見つめているあたし。
セイルが、ふーっと息を吐き出しあたしを見つめている。

「……助かったよ、ありがとうフィン。それに……良かったな。超常力も発揮できるようになったようだな。」
「今の……あたしの…超常力? あの時から…全てを失ったあの時から……超常力を失ってしまったはずよ。」
「内なる超常力ってのは、失う訳じゃねぇよ。使い過ぎて一時期、気を溜めるために使えなくなるだけだぜ? ……あの時のお前は、自分で自分に呪詛(じゅそ)を懸けたようなものだからな。
きっかけさえ出来れば、自分で縛っていた呪詛を解き放つのは、可能だったに過ぎない。そのきっかけは…あいつ等聖霊王の出現でもあるがな。」
「あたし……また戦える…の? セイルの力の足しになれる……?」

 あたしの言葉にセイルが呆れたように返答する。

「俺の力の足しだって? ボケ、それ以上だろうが。俺が何もしなくてもフィン、お前がたった今あいつの超常力の一端を押さえ込んだんだぜ。
……それが上出来じゃなくて何になる?」

 セイルの言葉にポロリと涙が零れ落ちてきた。悲しかった訳じゃない。
ただ、セイルに守られるだけしかなかったあたしが、セイルの役に立てられる事が嬉しかった。それに伴って戦う力が出て来た事。
確かに全てが終わったあの時から、どれだけ超常力を駆使しようとしても、その超常力は発揮できず歯がゆい思いをしてきた。風霊達とは、変わらずにコンタクトを取れるけれど、その超常力は自在に操る事も出来なくなっていたから……。

 それが今日信じられないほど、素直に使えた超常力。
嬉しさのあまりセイルに抱きついて泣いてしまったあたし。

「……ったく…この泣き虫が……。」

 ぶっきらぼうに呟くセイル。でもその声は限りなく優しかった。
まるで子供をあやすかのように、あたしの背中をゆっくり(さす)ってくれる暖かい手。父様や母様以外、あたしが本当の意味で安心して傍にいる事の出来るセイル。

「…世界の至る所に散らばってる環か……。“10の環”“5の輪”“5の和”……。その一つでも見つけない事には、お前が安心して眠れないって訳だが……フィン。どこに行きたい?」

 セイルの唐突な質問に眼を丸くしてしまったあたし。

「ど、どこに行きたい……って、どこって言われても…どうしていきなり?」
「カザマや聖霊王達が、お前に告げた事だろう。」
「だって、それはセイルにも関する事であって、あたしだけの問題じゃないわ。」

 あたしの言葉にセイルが、小さく溜息を吐いた後静かに言い切った。

「俺の事は二の次だぜ? 何も今すぐに俺の超常力が消滅して消える訳じゃねぇ。
遥か幾星霜(せいそう)先の事だ。それは自分でも判っているし、奴等も重々知っている事だ。お前の抱えている問題が解決されたら、その余波で俺が消えないで済むって言う暗黙の示唆(しさ)にすぎない。だが、フィンの場合急を要する事だ。
奴の…フィブネスの手から逃れるため、干渉されないためにお前(・・)にカザマが示唆したんだぜ。と、なると…お前が行きたい所にそれがある可能性がある。まぁ…、全てじゃないだろうけどな。」

 セイルの突拍子もない考えに、只々呆然とするしかないあたし。
何も手掛かりが無く、手探りに歩く。それは…かつての三聖女探しに似ていた。
でもそれが、三聖女を捜すため必要な一歩だった。
そうだ……手掛かりは何も無いんだ。あの時と同じだわ。
もしかしたらあたしが行きたい所にカザマ達聖霊王が、教えてくれた輪があるかもしれないと言うなら、行って見ても良いかもしれない。可能性は、ゼロじゃない。

「もしも……あたし1人だったら……途方にくれて、きっとあの悪魔にこの身体を差し出していたかもしれない……。」

 苦笑しながら思わず出た言葉で、セイルの視線が険しくなり、眉がつりあがる。その後には、セイルからの罵声が響いていた。

「馬鹿な事抜かすな! 誰が奴にお前を渡すか!! そんなつもりで、俺はここにいる訳じゃないんだぞ!!」
「だ…だから、もしもあたし1人だったらって言ったじゃない。セイルが…貴方が側に居てくれるから…あいつとの繋がりを斬りたいって本気で思っているのよ?
言葉が足りなかったのは認めるけれど……そんなに怒らないで……。」

 あたしの言葉にセイルは安堵したような力が抜けたような、どちらとも判断がつかない長い吐息を吐き出していた。その直後に、あたしの身体を強く抱きしめてきた。

「セ…セイル? ご、ごめんなさい……怒ったの……?」
「―――な。」
「え? な、何……?」

 耳元で何かを囁かれて、何を言われたのか良く判らなかった。
不意にセイルが、深い溜息を吐きそっとあたしの身体を引き離す。

「……頼むから馬鹿な事だけは言うな……って言ったんだ。怒っちゃいない…で、どこに行きたい……?」

 話をはぐらかすかのように尋ねてくるセイル。いえ、違う、話を元に戻したんだ。
一瞬あたしの心に過よぎった感情が、淡く消えていた。それが何だったのかその時は、自分でも理解していなかった。

「あたし……ラトラーゼル……いえラトゼラールに行きたいな……。」
「……はぁ!?」

 あたしの言葉にセイルが驚きのあまり素っ頓狂な声を出していた。
その後呆れたように、深い溜息を吐き頭を抱えていた。…そりゃ、自分でも無茶言ってると思うわ。ラトラーゼルならまだしも、すでにこの世界には無いラトゼラールに行きたい…だなんて。
でも……一番行きたい所って、そこしか浮かばなかったんだもの……。

 あそこへはもう二度と行けないって判ってる。
あたしを過去に水先案内してくれた魔剣アストールも、今はあたしの手元には無い…。
それに、この世界で輪を捜さなくちゃいけないのに、過去のラトゼラールに手掛かりがあるわけないもの。何を馬鹿な事言ってるんだろう。

「……う、ううん。困らせてごめんなさい。いいの……ただ適当に言っただけだから……。」

 あたしの言葉を聞いていないかのように、セイルが真剣な顔をして考え事をしていた。次の瞬間、彼の射る様な瞳があたしを見つめていた。

「フィン、お前がラトゼラールに行きたいって言う訳は?」
「え? あ、あのいいの。自分でも…無茶な事を言ってるのは、良く判っているし…出来る訳が無い事も……。」
「俺は、お前が行きたがる理由を聞いているんだ。」

 セイルの有無を言わさぬ質問に俯いてしどろもどろに答えるしかなかった。

「あ、あの…ね。もう一度……見てみたかっただけなの……。貴方が育った場所だから……。聖なる光と闇に包まれた……美しい世界、美しいラトゼラールを……。
それだけなの……あたしの我が儘だって判っているけど……。あの時は、じっくり見て居られなかったから……。」
「……ふ…ん、なるほどねぇ……行けるぜ。」
「は!?」

 セイルの返答に今度はあたしが、素っ頓狂な声を出すしかなかった。

「だ、だって……どうやって……。」
「ラーディスとアルセリオンの領域だがな。行っていけない事はない。媒体もある事だしな。」

 セイルのあっさりとした返答に呆然とするしかなかった。

「ラーディス? アルセリオン? 誰なの? 領域って……それに媒体……? それは……一体何なの?」
「あー! ごちゃごちゃうるさい! 御託を並べ立てるな、行くのか行かないのか、はっきりしろ!」
「行けるなら……行きたい!!」

 ほとんど強引に返事をさせられたけれど、あたしの迷わない返答にセイルがニヤリと笑う。それと同時にあたしの身体は、セイルに抱き寄せられ何の前置きも無く、突然セイルは空間転移してくれた。


 真闇の戦士達や父様の空間転移とは、比べ物にならないスピード感。
周りの景色が、全く見えない違和感とその長さ。空間を渡るというより、空間を突き抜けると言った方が正しいのかもしれない。
耳鳴りが激しくなり、胸に気持ちの悪いものがこみ上げてくる。

 

「もう少し…辛抱しろよ。」

 

 セイルの声が聞こえたような気がした。頭の中で何かがあたしの記憶をまさぐる。
それは、不快なんていう可愛い代物じゃなかった。
消失感のようなものが、あたしを一気に襲う。
壊れる!! そう思った刹那――。
あたしは、見知らぬ場所で目を開けていた。


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