閃光と共に消え去っていったラグフュウドの意識体。
消え去ったというより、無理に圧力をかけて散り散りにさせた…という方が正しいかもしれない。
【強引に
カザマの言葉にセイルがきっぱりと言い放つ。
「ふん…。
それに……宣戦布告は派手にしておくのが一番だ。」
自信に満ちた笑みを唇の端に浮かべるセイル。宣戦布告? まさかあの悪魔へのものなの? 不安そうに見つめているあたしに気がついたセイルが、あたしの頭を軽く小突く。
「そんな顔するな。何があってもお前をあいつにゃ渡さないから。」
そのためにセイルは再び危険な目にあうの? そんな事が良い訳ない。カザマが深い溜息を吐ついた。
【……どうやって奴と戦うつもりだ? あやつらの力は借りんと言うし、我が愛し子とてまだ戦える状態ではないのだぞ?】
「動き出さなければ、どうにも出来ないだろうが。じっと耐えて防御に徹するってのは、俺の性には合わん。
それに……俺と言う存在を介して、夢見での超常力を蓄えてるんだろ? その礼もきっちりしなきゃ俺の気が納まらねぇしな。何より……封印されて尚、こいつを手にいれようと画策する性根が気にいらねぇ!」
不敵な笑みを浮かべ、両手の指をパキパキと鳴らすセイル。セイルからは、激しいほどの青銀色のオーラが吹き出ていた。
その姿に思わず
【全く……そなたとて似たようなものではないか。神々から架せられた封印の中から、気を張り巡らせ、我が愛し子を見出した。愛し子に封印を解いてもらわんとせんがために。違うか?】
「……似たような想い? まぁ……そりゃ確かに否定はしないが…な。」
「違うわよ! セイルはあの悪魔とは全く違うわ。似ても似つかないわ。」
あたしの言葉に驚いたような顔をするカザマとセイル。
「フィン?」
【愛し子よ?】
同時に何故?と尋ねるような問いかけがあった。
「だ、だって……。違うもの。封印を解いて欲しかったセイル。でもその見返りも何も求めなかったわ。セイルのほうが不利な条件なのに、あたしの命を守ってくれたもの。
でも……あいつは、同じような意味でも違う。
あたしを手に入れ、それと同時に自分の肉体を復活させ、あたしの全てをがんじがらめにして、その自由さえ奪おうとしてたわ。あんな奴とは絶対に違うわ。」
あたしの咄嗟の言葉にカザマが溜息を吐き、セイルが苦笑する。
ふと、あたし達の側にあった泉が、光を
あまりの突然な出来事に身じろぎも出来ないあたしの前に立ちふさがるセイル。
水のしぶきが、夜だと言うのにきらきらと、光を浴びたかのように輝き、蒼い光の珠が浮かび上がる。その美しさに目を見張り呆然としているあたし。
青い光の珠が、ゆっくりと人の形を成す。
「ミズナ…?」
【ほう…久方ぶりだな。我が同胞よ。】
セイルが呆れたようにその名を呼ぶ。そしてカザマはその唇にうっすらと笑みを浮かべている。そう、それは水霊全てを束ねる、
一度…いえ二度だけ出会った事のある水霊王。あたしには殆ど、関わりのない水霊王が何故ここに?
水霊王のミズナは、カザマと違い、人の形となっても男性なのか女性なのか区別が付かない。カザマとセイルの姿を見つめニッコリと微笑むミズナ。その微笑みは優美の一言だった。
「…なんだって、ミズナが現れる? 俺も呼んではいないぞ。」
【つれない事を言いますね。セイクリッド。貴方と私のつながりが、早々簡単に切れる訳がない事ぐらい…貴方もご存知のはずでしょう?】
「……不気味な事言うな。何の用だ?」
セイルが深い溜息をついた後、頭を抑えている。
【本当に…どうしたのだ? 我が同胞ミズナよ。そなたが出てくると言うのは、何か余程の事があるからであろう?】
カザマの言葉にもクスクス笑うミズナ。
【カザマまで、そんな事を言うのですか? 深い意味はありません。
ただ、貴方がいつまで経っても私の
【…やはり、か。道理で同胞達からの言葉が多い訳よ……。】
カザマは、ミズナの言葉に深い溜息をつく。ミズナは、何の気なしにあたしの方を振り返ったかと思うと、ニッコリ微笑み礼をする。その微笑みは本当に綺麗だった。
【そうですね、理由が必要とあれば、後二つあります。
一つは貴方が、育んでいる愛し子を再び観察するため。そしてもう一つは、可愛くてセイクリッドを苛める貴方の様子を直に見たかったためですかね。】
「ミズナ!? お前…何を突拍子もない事を言いやがる。寒気がするぞ。」
【……ミズナ……。愚かしい事は言わぬ事だ……。】
セイルとカザマが、ミズナに
【…相も変わらず美しいですね。カザマの愛し子である貴女の笑顔は…。
なるほど、これならカザマだけではなく、私の恵し子であるセイクリッドが、
「え?」
「ミズナ!」
【ミズナ…。】
あたしの驚きと共にセイルとカザマが同時にミズナを
【カザマ…貴方の愛し子に言わなければならない事があるでしょう?
貴方が言わなければ、私、もしくはエンラ、ジオ、そしてルシリスやルーグさえもそれを言おうとしているのですよ? どうします?】
「ちょ、ちょっと待て! 何であいつ等まで…!」
「そ、それって自然界の聖霊王達!?」
セイルとあたしの言葉にますます優美な微笑を浮かべるミズナ。どう言う事? 自然界の聖霊王がこぞって何を言いたいと言うの?
そう言えば…ラグフュウドに邪魔される前に、カザマが何かを言いかけたけど…その事なんだろうか?
【ふむ、他の同胞達が、我が愛し子に茶々を入れるのは…あまりいい気はせぬ。】
「…ミズナ。何を企んでいる? お前だけじゃない。他の聖霊達もだ。」
セイルの睨みつけも効果がないようにミズナが微笑む。何となく…セイルと賢者イクセンシューナの掛け合いが思い出される。
【愛し子よ。】
カザマが不意にあたしに声をかける。返事も出来ずにカザマの方に視線を向ける。
【そなたは、このセイクリッドと共にあやつの超常力を跳ね除けたいのであろう? だがそれがそんなに簡単にいかぬ場合、どうする?】
「どうするって……。」
カザマの問いかけに言葉に詰まってしまった。
「だから、お前達は何を言いたいんだ? 茶々を入れるだけなら…っ!」
セイルが何かを言いかけた時に、あたし達の周りで信じられないような出来事が繰り広げられていた。
暖を取るために点けていた焚き火が、激しく燃え盛り炎の柱となり、大地が激しく動いたかと思うとその大地が天高く山になる。
そして、朝になったかと思われるほどの激しい光が、あたし達の周りに渦巻き、それと同時に安らぎを帯びた闇がその周りを取り囲む。
涙が出るほど幻想的な出来事に、あたしはしばし絶句していた。
「お…前等…! 一体何しに!」
セイルの言葉の端に怒りがこもっていた。
【…全く…同胞達揃って、
カザマの呆れたような言葉に人の形を取った聖霊王達がクスクス笑っている。風の聖霊王であるカザマ、水の聖霊王ミズナ、火の聖霊王エンラ、大地の聖霊王ジオ、光の聖霊王ルシリス、闇の聖霊王ルーグ。
その様子は圧巻だった。自然界の聖霊王達が、一堂に会するなんて…。 一体何が始まると言うの?
恐怖ではないけれど知らず知らずのうちに身体が震え出していた。
【大丈夫ですよ。カザマの愛し子であるエルミア? 私達は別に貴方達を取って食おうって言う訳じゃないんですから。】
ミズナがニッコリ微笑む。
【ほう? あの時と比べて随分弱々しくなったものよ。まぁ、セイクリッドが側にいるんでは、当たり前か。】
【……ふむ、弱くなったと言うよりは…何をして良いか判らぬと言った様子。】
【人である以上、光あれば闇もまたありますわ。あの時我等を駆使した折には、それ以上の何かがあっての事。】
【カザマが創世の娘から受けた
それぞれの聖霊王が口々に告げる。まさか、また新たな運命やら宿命を押し付けるつもりなんだろうか?
【…そうなるやも知れぬ。だが、誤解するでない。宿命は元々代えられぬもの。それは愛し子がこの世に誕生した時からそなただけが持ちえるもの。だが、その先の運命を変えるは、そなた次第。】
カザマの言葉にゴクリと喉がなる。運命が…本当に変えられるの?
【実際に変えたではないか、カザマの愛し子よ。神々が示した運命を…。あれに比べれば容易い事ぞ?】
闇の聖霊王ルーグがクスクス笑う。セイルが何かに気付き、声を上げた。
「ちょっと待て! まさかお前等が揃ってここに来たのは!」
【セイクリッド、貴方は少し黙っていてくださいね。我々は貴方の返事ではなく、カザマの愛し子であるエルミアの返事が欲しいのです。……それにこれは、今後の貴方にも係わる問題なのですから。】
「な…んだと!?」
【しばしの間…この中に入っておれ。何…こちらの声も聞こえる、姿も見える。ただ、内側からの声が聞こえぬだけの事。】
大地の聖霊王ジオが、そういうなり、セイルの身体は透明な光の球体に包まれた。
それは、ほんの一瞬の出来事。聖霊の王達って、彼をも閉じ込める事が出来るの?
【これが効くのは、ほんのわずかな刻だけ。セイクリッドが本気で暴れぬうちに話を進めたほうが良いぞ? あやつの
火の聖霊王エンラが楽しそうにクスクス笑う。
【…小粋な事を…。愛し子よ、その前に我等の前でそなたの気持ち聞かせてもらえまいか? あのセイクリッドと共に行くという事は、今までの苦難に輪をかける事になる。
それでも…共に生きて行きたいか?】
カザマの言葉に考えるより先に頷いてしまっていた。
「あたしは、定められた寿命を持つ人間だけど…そのわずかな刻でもいいから、セイルと一緒にいたい。それが、どんなに傲慢なで我が儘なのかなんて良く判っているわ。それでも彼と一緒にいたいの。」
【セイクリッドが、創世に生まれ圧倒的な力を持っているからか? 人間が考えそうな事よ。】
【…己が有利であればそれで良いと言うのが、人間と言うものの常。浅ましい事だな。それゆえ他の生きているもの達の事を考えようとしない。だから我は人は好かぬ。】
【あれを待ってる者すらも、踏み越えんとしますか。愚かの極みですね。】
【……己が寂しいから縛り付けるのが、そなたの想いか。そのような事では、創世の娘の足元にも及ばぬぞ。】
【貴女が、生きている間は良いでしょう。では、貴女がその命尽きる刻、セイクリッドに勝手に生きていけと辛い選択をさせるのですね。】
聖霊王達の聞きたくない言葉に身体が震える。
聖霊王達にとっては、創世に生まれたセイルがエリュクスの元から去ると言うのが、許せないって言うのは判っていた。その原因を作ったあたしに友好的でない事も……。
何も言い返せない自分が情けない。そう思った瞬間に悔しさのあまり涙が溢れて来た。
創世の娘であるエリュクスと…あたしが比べようがない事なんて十分に承知の上よ。
セイルの力を利用している? ええそうだわ。くだらない人間ですもの、認めるわ。
貴方達聖霊に比べたら、愚かしいただのちっぽけな存在よ。
あたしは確かに、貴方達やエリュクスなら出来るであろう、セイルへの手助けすら何も出来ないわ。彼を守る事すら出来ないわよ。いつも守られてばかりだもの。それは痛感してるわよ。
身体が震え、不意に顔を上げたその先には、セイルが光の球体の中で何かを言っている姿。思わずセイルの姿に涙が零れ落ちた。
セイルと別れてしまうなんていやよ。胸が痛い、心も身体も粉々に砕けそう。
確かにセイルがいなくても…あたしは生きていけるかもしれない。
そう、生きていけるわ。ただ生きていくだけなら……!
ギュッとこぶしを握り締め、唇をかみ締めて聖霊王達を睨みつけた。
「貴方達の言う通りよ。すべて。どうせあたしはちっぽけな存在よ…。
エリュクスと比べたって比べようがないのは、貴方達の方がよく知っているでしょ。
あたしの風の超常力だって、カザマ達風霊が与えてくれたものでしかないわ。
それも元を
でも仕方ないじゃない…それでもセイルを好きなんだから!」
あたしの感情が高ぶった目茶苦茶な言葉を唖然としながら聞いている聖霊王達。
光の球体の中にいるセイルすらも驚きを隠せない表情をしている。
「セイルを好きになるのに、愛するだけなのにそれには条件がいるって言うの!?
貴方達は知らないでしょうけれどね、貴方達がバカにするようなちっぽけな存在である人間が、人を好きになるって言うのは、理屈じゃないのよ。ただ、心の動くままに好きになるだけだわ。他のオプションは後から付いて廻るだけで、どうでも良いんだから!!」
そう言いながら、涙が
【……ですって。良かったですね、セイクリッド? 貴方が選び取った女性は、心底貴方の事を想ってくれていますよ。】
水の聖霊王ミズナが明るく声を出したと同時に、セイルを包んでいた光の球体が消え去っていた。呆然としているセイル。
そして他の聖霊王達はその顔に苦笑を浮かべていた。な…に? 何が起こったの? あたしは一種パニックになった。
【良いんじゃないか? その激しい気性、セイクリッドといい勝負だね。まぁ、そうでなければあの時、いくらセロルナの願いがあっても超常力は貸さなかったけれど?】
火の聖霊王エンラがさも面白そうに笑い出す。
【ふん…創世の娘以外、我等聖霊王に人の愛を説いた者など、耐えて久しい。…僅かばかりではあるが、人という愚かな生き物を見直したぞ……。】
大地の聖霊王ジオが深い溜息をつく。
【ふふ、ちっぽけで超常力はないと言っていたけれど、己の光の中にある最強の力を出すとは、これでは私達も手も足も出せないですわ。】
光の聖霊王ルシリスが、嬉しそうにクスクスと笑っている。
【確かに、そして己の中にある闇を言葉にするとは…さすがはカザマが惹かれてやまぬ愛し子だと言う事はある。あれを受け取るには最適な人物と言えよう。】
闇の聖霊王ルーグすらもうっすらと唇に笑みを浮かべる。
【カザマ、我等はすでに彼女を認めましたよ。創世の娘との約定は果たしました。】
水の聖霊王ミズナが極上の微笑でカザマにそう言った。
約定? エリュクスと聖霊王達が交わしたもの。それって一体なんなの。
カザマは満足そうな笑みを浮かべ、あたしの方に向き直った。
【愛し子よ。そなたがセイクリッドと共に生きていくために、我等から一つ提案がある。そして、これは…セイクリッド、そなたにも係わりのある事だ。】
「カザマ?」
「……さっき、ミズナが同じ事を言っていたな。どういう事だ。」
聖霊王達は笑みを浮かべ、カザマの言葉を待っていた。
【これからの世界に生きて行くつもりであろう? セイクリッドそなたは。そして我が愛し子は、セイクリッドと共に生きて行きたいと言い切った。
だがそのままでは、共に生きていく事は不可能。】
「なっ!」
あたしは愕然としてしまった。そしてセイルは反論しようとしていたのか言葉を紡ぎかけた。
【そう、これから遥か先の世界では、部分的にしか
カザマの言葉に戦慄があたしの身体を駆け抜けた。いつか、遥か遠い未来にはセイルが消える?
いやだ……そんな事。がくがくと震えるあたしの身体。
セイルが厳しい顔つきでカザマに言い放つ。
「…だから? 父上や母上の元に戻れってか? それだけはごめん
「セイル! どう言う事なの!?」
思わず、セイルの腕を握り締めて叫んだあたしに微笑を向ける。
「まぁ…、いつかはどんなものでも終わりが来るって事だよ。」
「いやよ! そんなの!」
「フィ……フィン?」
あっさりしすぎているセイルの言葉が堪たまらずに抱きついて泣き出してしまったあたし。そんなあたしを抱きしめるセイルの腕。セイルが涙を見るのが苦手だと判っていながらも止められないの。
【…それを止める手段がない訳ではない。】
カザマの言葉に刻が凍りつき、それがしばらく経ってから動き出した。セイルの腕越しからカザマの顔を見つめる。
「止める手段が…あるの? それは……本当なの?」
あたしの言葉にカザマや聖霊王達が頷く。
「どうやって? 教えて、お願い。あたしに出来る事ならなんでもするわ!」
あたしの言葉に聖霊王達が優しく微笑んでいた。カザマは呆れているのか深い溜息をつく。