俺達が生まれてから10
何だって、この俺があいつを迎えに行かなくちゃならないんだ?
あいつだって判っているだろうに……。
エリュクスの好きな大地(あいつが生まれたらしいところ)に行ってみるが、彼女の姿はどこにもなかった。
諦めて帰ろうとしたところ、とんでもない悲鳴が聞こえてきた。
この声は……エリュクス!? 悲鳴を上げるような危険なものが、今のこの世界に存在するのか!?
まだ…早いはずだ! 慌てて悲鳴の上がった丘下に走る。
そこには怪しい気配は全くなかった。じゃぁ……どうして悲鳴を上げたんだ?
聖霊達も彼女の周りで心配そうに集っている。どれだけ彼等が彼女を慰めようとしても泣きわめいたまま何も答えない。
「どうしたんだ? エリュクス? 悲鳴が聞こえたが……?」
俺がそう言うなり、エリュクスがボロボロ涙をこぼしながら俺に抱きついてくる。
しきりに俺達3人が真っ赤に染まって倒れていると言い続け俺の言葉なんか聞こえちゃいないようだった。
……参ったな…。人を宥めるのなんて俺にゃ苦手な事なんだぞ!
ったく、こんな事だったらセロルナかロドリグスに来て貰えば良かった。
…かと言って、このまま放っておく訳もいかねぇし……。
悲鳴や涙の訳もよく判らないから、下手な慰めなんて言えないしただ、こいつが落ち着くのを待つしかなかった。
エリュクスのしなやかな髪が、風に遊ばれ俺の顔にからみつく。
ふ…ぅん、ずいぶん甘い香りがするなぁ。
それにしても、こいつがこれだけ取り乱すなんて一体どうしたんだろう?
ゆっくりと時間が流れる。
次第にエリュクスは落ち着きを取り戻してきた。
泣きやんで、俺という存在に気が付いたとき、大声を張り上げ俺を殴ろうとまでしやがった。
俺が初めから抱きしめた訳じゃないってのに!
お前から飛びついてきたんだろうが!
でも……落ち着いたんなら……まあ良いか。
ただ、こいつの口から予言めいたことを言われた時はドキッとした。そう……父上から託された守りの剣からも同じ様な事を教えられたから。
もう早エリュクスの
エリュクスが、父上や母上から何を教えて貰ったのかは全く判らない。多分エリュクスもそうだろうな。
俺達はそれぞれの使命を負って生まれてきているんだから……。
それは自分だけのものであり、他の奴等と共有できるものではない。
エリュクスが予言めいたことを言う以上、一番最初の運命の選択が近付いてきているのかも知れないな。
――まあ、俺も腹を
怒り付けるエリュクスを後目に一足先に皆の元に戻った俺。
暫くしてエリュクスも顔を洗ってきたのか、皆の前に姿を現す。俺のことを訝しげに見つめている。
……もしかしてこいつ、俺が皆に言いふらしているとでも思ったのか?
俺がそんなくだらないことをすると本気で思っているのかね。
……ま、でも仕方ねぇか? エリュクスとはことごとくぶつかり合っているからなぁ。
初めは皆で、色々な話をしていた。……はっきり言って退屈きわまりない。
寄りかかった柘榴の木から一つ柘榴を枝からもぎ、カシュッとかじりついた。
そんな俺の耳にセロルナのとんでもない言葉が飛び込んできた。
『国を創る』
その言葉を聞いた途端、俺の中にある守りの剣が激しく反応する。
そしてまるで俺自身が知って居るかのようなイメージの応酬。その行き着く先は、大きな争い。
冗談じゃない! 今のままだったら弱い者達をを守れる奴がいない!
例えいずれはそうなろうとも、今はまだ早すぎる!
「……俺はそんな考えには賛同できないね。」
一人反対した俺を責めるように見つめる皆。……やっぱりこいつ等は判っていない。
セロルナすらも、どうして反対するとのたまったもんだ。
……ったく〜〜〜〜〜〜!
どうしてこんな簡単なことが判らないんだ!
「……よく考えて見ろよ。国を作れば、その統治者が必要となる。みんなで仲良く統治なんてできっこないんだぜ?
その後には身分が出来る。皆が皆、身分に甘んじる訳じゃねぇ。
実は自分もなりたかったのに、自分はなれなかった。
そうなりゃ、互いの身分を妬んで、終いには争いが起きる。
弱い者ほど苦しめられる。それが国の行き着く先だぞ。そんな事、父上や母上が望むもんか!」
俺の言葉に一瞬静まり返ったみんな。だがセロルナが静かに言葉をつづる。
「それをやらないようにするんだよ。やってみなければ判らないだろう?」
その返事を聞いたときめまいがした。おいおい……。
判った時には遅すぎるんだ。まだそれを守れる奴が居ないんだぞ!
それでダメだったら、誰が責任をとるって言うんだ!
俺と同じく思っていたらしいロドリグスがそれを言葉に出す。
へぇ? 俺だけが反対だと思っていたんだがなぁ。案外こいつはこいつで、託された使命を全うしようとしているのかもな。
……それが何だか知りたくもないが……。
「やってみてやっぱりダメでしたって事になったら、誰が責任をとるんだ?」
ロドリグスの言葉に再び静まり返るみんな。……やっぱりな。ただ面白そうだからって責任を負うとまで考える奴はまだいないか……。
その中でただ一人はっきりと言いきったセロルナ。
「やらないで後悔するより、やってから後悔した方がずっと価値あると思う。
もし責任をとらなければいけない事態になったら……言い出した俺が責任をとるよ。」
ほぉ……セロルナだけが言い切ったか。でも考えているのか?
その先のことを……。絶対に争いがないとは言い切れないんだぞ?
俺達3人に流れていた張りつめていた雰囲気を察知したエリュクス。
まぁた、こいつも
「忘れたの? お父様やお母様達が私達に与えて下さったのは自由よ。どんな選択をしようと、お父様やお母様は文句は言わないはずよ。
ううん、もしかしたら私達の選択を喜んで下さっているかも知れないじゃない?」
……こぉのボケ女! どうしてお前までもがそう言うことを言う!?
簡単な計算だろうが! …全く考えが甘すぎるぜ。
「ハッ……! 甘いもんだな。とにかく俺は国を作るって事には反対だね。」
「……同感。国を作って煩わしいものまでも作るぐらいなら、無い方がいい。」
俺達はそのままみんなから離れた。国造りは着々と進んでいく。
遠くから見ている俺達にすら皆が生き生きしているのは判る。
……俺の心配がただの取り越し苦労ならそれに越したことはない。
「……聖帝国ムー……か。国の名前を考えたのはセロルナだろう?」
「ああ、そうらしいな……なんだか懐かしい響きの様な気がする…。」
ロドリグスがポツリと漏らした言葉。確かに同感。
懐かしいと思うのは一体何故なのか?
多分、俺もロドリグスもセロルナも覚えていない何かだと思う。
国が出来上がって行くに従って、俺達の
小さな争いが始まった。やはりみんな、自分が上に立ちたいんだろうか?
そのリスクも考えずに……。右往左往しているセロルナ。
このままじゃダメだ! 築き上げたばかりなのに、何もかもなし崩しになってしまう。
だいたいあそこにいるみんなは判っちゃいない! 誰が国を治めるに値するかって言う事を!
「……あんの…馬鹿共が!」
つい俺は思ったことを口に出してしまっていた。ロドリグスがクスクス笑う。
「……お前が今考えていたことを当てようか?」
相変わらず高飛車な言い方だよな、こいつは……。おそらく俺と近いことを考えて居るんだろう。
「お前のことだ……あの騒ぎを止めたいんだろう? だがどうする? 言葉では止められないぞ。」
「……当たり前だろうが、あんなに熱くなった連中が言葉で落ち着くものか。方法はあるさ。奴等を一つにするために第三者が出ればいい。」
「当てはあるのか?」
「ないさ。だが作ればいいことだろう。話に乗るのか?」
「フフ、お前ならそう言うと思った。……OK、その話乗った!」
ロドリグスがニヤリと笑う。
セロルナが国を作ると言ってから8
全く見るに耐えないな。
歯噛みしながら見ている俺達がいる柘榴の木の下にエリュクスがやってきた。
……あーあ…でっかい溜息を付いてやがる。
「そーらな、言わんこっちゃねぇ。」
俺の言葉に反応するエリュクス。慌てて樹の上の俺達を見つける。
「……あ……なたたち! 一体今までどこに行ってたのよ!」
ふぅん、ずっと俺達を探していたのか? ……ってことは、こいつも今の状態を
「別にどこでも良いだろう? 俺の言った意味が判ったか?」
「……そ、それは……でも、これじゃぁいけないわ!」
「全く……父上達の与えた自由ってのは、無秩序のものじゃない。その中で責任を負っての自由なのにな。
欲を出すなと生まれたときに教えられただろうにそれすらも忘れてしまっているんだから、嘆かわしいな。」
ロドリグスの言葉にエリュクスの表情が曇る。その後俺達を見据えて言い切った。
「で、でもこんな状態はいけないわ!! お父様達が悲しむわ! 何とか出来ないの!?」
……何とか出来ないか…か。出来るけれど、こいつが納得するのかね。
「……知ったこっちゃねぇよ。俺は最初に言ったぜ? 国の行き着く先は争いだってね。好きにやらせておけば良いんだ。」
「確かにな。」
俺とロドリグスの言葉にエリュクスの金色の瞳が大きく開かれ、その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
胸にズキリと突き刺さる罪悪感。
俺とロドリグスは慌てて柘榴の木から飛び降り、エリュクスを
だが、エリュクスは全く泣きやもうとしない。
俺とロドリグスは、互いの顔を見合わせてエリュクスに言葉を掛けた。
「……エリュクスが泣くことないぜ? あの騒ぎを納める方法はあるんだから。」
ロドリグスの言葉にエリュクスが息をすることすら止めて泣きやむ。そんなに意外か?
それにしても……ロドリグスの野郎。まるで自分が考えたかのように説明しやがって!
―――せこい野郎だよな、全く。
「ど……言う事……?」
「あの争いは、誰が一番統治者に相応しいか判っていないからだろう?
一番相応しい奴を判らせればいいだけだよ。」
エリュクスは、まだ判っていないようだった。あー……ったく!
「……ったく、物の判らねぇ奴だな。あんなになっちまった連中が言葉で制止できるとでも思ってるのか? あいつ等の目的を第三者に移しゃ良いだけだろうが!」
俺の説明に驚いた後、信じられないと言うような顔つきをするエリュクス。
さすがに物わかりは良いんだな。それでこそ、エリュクスだよ。
俺達がニヤリと笑うと、エリュクスは呆然となっていた。
……惚けるのはまだ早いぜ? まあ、いいや。
俺とロドリグスは、仲間となる者達を集めた。俺達の呼びかけに答えるものの意外に多かったこと。
こいつ等もある意味、これからの国に不安を抱く者達。
それにしても集まるに良いだけ集まったな。200人か。
別にもう少し少なくても構わなかったんだが……。おそらく今この世界に生まれてきている1/5の人数が集まったんだろうな。
エリュクスは、まぁだ放心状態になっている。……良い! こいつは放っておこう。
それに女を危険な目に遭わすわけには行かないしな。
だが、さすがにエリュクスもいつまでも惚けてはいない。
「ロドリグス! セイクリッド! 私にも何か手伝わせてよ!」
確かにありがたい申し出だが、冗談じゃない! こいつに何かあったら、それこそ父上や母上に申し訳が立たないだろうが。
付いてくると言い出す前にとっとと、済ませた方がいい。
エリュクスを宥めるようにロドリグスやエリュクスと同じように大地から生まれたアステル・ド・ロフォン・グルナールが口を挟む。
「大丈夫。あの2人の元にいるなら、みんな無事にやり過ごすから。」
へぇ……俺達のことをそんなに高く評価しているんだ。だが、エリュクスから返ってきた答えは……。
「あ、ありがとう。私が心配しているのはセロルナ達のことなの。あの2人なら、やりすぎそうなんだもの。」
……おい! その言いぐさは何なんだ!?
俺とロドリグスがジロリとアステルとエリュクスを睨んだ。アステルは肩を竦めているし、エリュクスは涼しい顔をしている。
……ええい! 構ってられるか!
「行くぞ!!」
俺達の号令にエリュクスが何かを叫んでいた。まだ早過ぎるだの、準備がどうの……と。もたもたしていたら、それだけ争いが大きくなるだろうが!
今ならまだ間に合うんだ。いや……今じゃなきゃ間に合わない。
俺の中には、そんな想いがあった。もう何故なんて考えてもしょうがない。
これが俺なんだから。
俺とロドリグス、そして仲間達は一瞬でセロルナ達の所に
―――これが俺の初陣でもある。誰一人として、怪我はさせない。
そして誰一人として傷つけさせるものか。