私が聖なる大地から生まれてから、もう30
そしてその後の10金星日は、大地や空、海から、私の仲間達が次々に生まれてきたの。
とっても嬉しかった。存分に駆け回り、笑い転げる……。
そして、共にいろんな事を喋って、遊んでみんなと共有する時間。
楽しくて、心地よくて、飽きることがない。すべてが新鮮で、すべてが楽しくて自然とあちこちで笑いが溢れている。
ああ、お母様やお父様が望んだ世界なのね。私が居て、みんなが居る。
みんなが居て、私が居る。これがこんなに幸せだなんて思いも寄らなかった。
お母様の精神こころがこの世界の隅々にまで行き渡っているのを象徴するかのごとく、あちこち光り輝いている美しい世界。
果物はたわわに実っているし、尽きることのない美しい泉や川、海。
すべての聖霊達が、私達を優しく包み込んでくれている。暖かく大きく美しい世界。
お父様やお母様が教えて下さった楽園とは、この大地の事を言うんじゃないかしら?
仲間達も、みーんな気のいい人達ばかりなんだもの。
……全員というのは語弊があるかしら? 中には……たま〜に変な奴もいるけれど。
そう! その変な奴らが、私の頭痛の種なのよ!
私のすぐ後(と言っても20金星日後の事だけれど)に生まれた3人……いいえ、その中の2人が特に問題なのよ!
何であんなに屁理屈をこねるのが好きなのかしら?
ん〜、私の顔を見ると憎まれ口を叩くし、とにかく素直じゃないんだからぁ!
かと言って、他の子達の言う事も聞こうとしないし、本当に困ったもんだわ。
見てくれだけは、あの3人ってとっても格好いいのよ?
一番光り輝いて居るんだもの。それなのにそれなのに、性格がムチャクチャひねくれてるの!
どーして、お父様とお母様は、あんな子達をこの世に出したのかしら?
私がこんな風に思っていると、この星(お母様)が笑っているように
聖霊達までもがクスクス笑っている。
「……ねぇ? あなた達の
【アハハ、それは無理だよ。】
【我等が愛しい創世の娘の頼みでもね。彼等を変える事は、我等には出来ないさ。】
【大丈夫。そのうちいやでも成長するだろうからね。それまで我慢することだ。】
火の聖霊エンラと風の聖霊カザマ、時間の聖霊ラーディスが面白がっている。
ううーん……我慢しろと簡単に言ってくれるけれど、簡単な物じゃ無いのよぉ?
そのうち、何か引き起こすんじゃないかしら?
「でも……彼等がこのままだと、何か起こしそうで心配なのよ。」
【……これはまた、ずいぶん弱気な事を。そなたには、強い味方があるだろうに。】
アルセリオンが、クスクス笑いながら、私に声をかける。
「強い味方? どこにも無いわよ?」
【フフ、今はまだ気が付いていないかも知れないね。そのうち、いやでも判るだろう。創世の娘、エリュクスよ。】
アルセリオンの言葉の意味がよく判らない。
んー……聖霊達の中で、一番本心が掴めないのが彼なのよねぇ。強い味方……か。
アルセリオンがそう言うなら、きっとそのうち判るかな?
不意に目の前が真っ暗になった。な、何なの?
何が起こったの? 真っ暗な空間の中、幾筋もの光が四方八方へ走る。
ここは……どこ? 聖霊達はどこに行ったの?
さっきまで明るい世界の中にいたのに!
どうしたって言うの!?
自分の周りはすべて真っ暗。ただ、光が時々交差して行くだけ。
闇の聖霊ルーグの仕業?
ううん! こんな事ルーグがするはずがない。じゃぁ、ここは……どこなの?
呆然としている私。その中に恐ろしい映像が映し出された。
激しい怒号。真っ赤な嵐。
何!? これはいったい何なの!?
そしてその中心にいるのは、真っ赤に染まって倒れているロドリグス、セロルナ、セイクリッドの3人!
「キャァァァァァァァァァァァァァァ!!」
どうして!? 何でこんな物が見えるの! 嫌よ!
怖い! やめてぇぇぇぇ!
【どうしたのだ!? 創世の娘よ!!】
【エリュクス! 何があったのだ!!】
グンと何かに引っ張られ、目の前が真っ白になる。聖霊達が、血相を変えて何かを言っている。
暖かく柔らかい光が、私の目に映し出される。
【大丈夫!? エリュクス!! 私達が判る!?】
光の聖霊ルシリスの顔が飛び込んできた。周りを見渡すと、心配そうな聖霊達の顔。
ここは……?
【いきなりそなたが倒れて驚いたぞ! 何があったのだ!?】
何があったの? 私にも判らない。
判っているのは、身体が異常に震えていることだけ。
私は今何を見たの?
あの3人が真っ赤に染まって倒れている姿。
ど、どうしてあんな不吉なものを見たの!?
いや……だ! 怖い!!
私は、聖霊達に何を訪ねられても答えられなかった。ただ、泣きじゃくっていた。
聖霊達もおろおろしているのが判る。
私にも止められない。
どうしてこんなに怖いの? どうしてこんなに悲しいの?
あんな恐ろしいものがどうして見えたの!?
「エリュクス? どうしたんだ? 叫び声が聞こえたが?」
ふいに聞こえた声。それは、憎たらしいはずのセイクリッドだった。
何故か私は、彼にしがみついて更には、ワンワン泣いてしまったの。
「お、おい!? 何だってんだよ! 俺が何をしたって……。」
「怖い! 貴方達が……貴方達が真っ赤に染まってるの!! 嫌ぁぁぁぁぁ!」
支離滅裂な私の言葉。でも説明のしようがないの!
自分でもどうすることも出来ないの。感情に支配されてしまう。
恐怖が私を襲う!
私はかなりの時間、彼にしがみついたまま泣いていた。
どのぐらい経ったのだろうか? 私の髪の毛が、誰かに優しく撫でられていた。
―――? 誰?
「……落ち着いたか?」
再びセイクリッドの声が私の耳に響いてきた。ふと正気に戻った私。
セイクリッドの顔が、めちゃくちゃ近くにある!
「キャァァァ!! 何するのよ!!」
驚いた私は、思わずセイクリッドの頬を殴りつけようとした。
なのに、こいつはそれをスイッと避けるの。
「何するって、ずいぶんなご挨拶じゃねぇか!? お前の方から抱きついてきたんだろうが!
しかも、サラーナをこんなにビッチャビチャにしやがって……。」
ぶつぶつ文句を言っているセイクリッド。
あ…あ、そう言えば、怖いものを見て、ずっと泣いてたんだ……。
そうだ、彼が来てくれたのを覚えている。
その後、私ってば、こいつの腕の中でずっと泣いていたの!?
ゲーッ! 嘘でしょうー!?
でも……支離滅裂な私をずっと誰かが、髪の毛を撫でてくれていた。あれはセイクリッド……なの?
それなのに驚いて殴ろうとしたのかしら……私?
「あ、あの。もしかして……ずっと付いててくれた…の?」
「……お前が泣き叫んでいたから、離れようにも離れられなかったんだよ!
……全く驚かせやがって……! どうしたって言うんだよ。」
迷惑そうな顔をしながら憎まれ口を叩くセイクリッド。でも、瞳は心配そうにしている?
「あ……あの…ね。貴方やロドリグスやセロルナが、真っ赤に染まって……倒れてたの……それで…つい……。」
「はぁ? 何だって?」
「だから! 貴方達が真っ赤に染まっていたのを見たの! ……その……暗闇の中に……。」
ああ……きっと馬鹿にされるんだわ。こいつってそう言う奴だもの。
何寝ぼけた事言ってるんだって言われて笑われるかも知れない。
でも……私も説明のしようがないんだもの。
こいつに抱きついて泣いていたのは事実だし……。
私の思いに反して、セイクリッドは真剣な顔をしていた。
「それって……今の俺達か?」
「え?」
「お前が見たって言う俺達は、今の俺達なのかって聞いてるんだよ。」
はい? それはどういう意味なの? 今の俺達って……他に何かあるの?
えっと……確かに今の彼等だったけれど。他に意味があるのかしら?
それにしても……私の言葉を笑い飛ばさないのかしら?
変なの。
「う、うん。今の貴方達…だった。」
私の言葉にセイクリッドが大きな溜息をついた。
「……ふぅん。そんなにお前に嫌われてるんだ? 俺達は。」
「そ、そんなんじゃないわよ! だったら泣いたりなんかしな……!!」
自分で言って驚いた。憎たらしいけれど嫌いじゃないもの。
あんな姿を見て喜べる訳無いじゃない。
セイクリッドがニヤリと笑う。
「お前がそう言うのを見たって言うんなら、せいぜい気をつけるさ。
あ、そういやぁ、みんながお前のことを捜していたぜ? 泣いたことがばれないように泉で顔でも洗ってくるんだな。そのままだと、あまりにブスだぞ。」
「な、何ですってぇ!?」
私が拳を振り上げた瞬間、セイクリッドはもうそこには居なかった。悔しい!!
私の事言うに事欠いてブスですってぇ!?
覚えてらっしゃい!
絶対に痛い目見せてやるんだから!
【ふふ……どうやら落ち着いたようだね? 我等の愛しい創世の娘。】
【案外良いコンビかも知れないね。】
「冗談はやめてよ。あんな奴、とんでもないじゃない!」
聖霊達は、クスクス笑っている。
【だが、我等では抑えられなかった悲しみをあやつが押さえてくれたんだよ?】
「そ、それはそうかも知れないけれど……失礼よ! あんな言い方!」
【まだまだ子供だからね。そなたもあやつも。】
意味深なことを言って一斉に笑い出す聖霊達。もう! 聖霊達まで!
ふてくされる私を促す聖霊達。
【言葉はどうであれ、確かに顔を洗った方がいいね。他の皆が心配するよ。】
せかされるように泉に行く私。泉を覗き込むと、確かに目が赤く腫れている。
う…こんな顔をあいつに見せていたのね。
確かにちょっとみっともないわ。
泉はとっても冷たくて気持ちよかった。
そう言えば、セイクリッドは、私の言葉を笑うどころか真剣に聞いてたわ。
しかも「私がそう言うのなら気をつける」って言ってたっけ。
あれってどういう意味だったのかしら?
私にはよく判らない。ぼんやりと考え事をしていると、聖霊達が声をかける。
【良いのかい? 皆が呼んで居るんじゃなかったんだっけ?】
水の聖霊ミズナの言葉に我に返った。
「あ! そうだった! いけない!」
あわてて皆の方へ向かっていく私。クスクス笑いながら、付いてくる聖霊達。
何の話なのかしら?
さっきまでの不安が、みんなに会える楽しみに変わっていった。
――でも心のどこかで、引っかかっていたの。あれはいったい何だったのかって。
何故私はあんなものを見てしまったのかしら?
でももう見たくないわ。あんな怖いもの……。
私は、さっきの事を振り払うかのように頭を左右に振って、仲間達の所に急いだ。