エリュクスは、まどろみながら母アースや聖霊達から様々な事を学んでいた。
聖霊達は、この世界のありとあらゆる情報を。母アースからは、この新しい宇宙の全てを。
それが、後に彼女の運命を決める事になる。
だが、エリュクスは未だ、その事には気が付いていない。
只、優しいアースや聖霊に包まれながら、穏やかな刻を過ごしていた。全ての愛情を注がれ、想いを受け継いだのだが、ある時より、彼女の中に小さな想いが渦巻いていた。
別に何の不満もない。只、初めて感じる感情に戸惑っているのだ。
エリュクスが、新宇宙のアースから生まれて20
エリュクスが次第に元気を無くしている事に気が付いた聖霊達。
【どうしたのだ? 創世の娘よ。】
風の聖霊カザマが、エリュクスの顔をしげしげと見つめる。
藍色の髪を風に靡かせ、美しい金色の瞳をカザマに向けるエリュクス。微かに微笑むが、明らかに元気がない。
【我等が愛しの娘よ。その光が、微かに曇っているわ。どうしたの?】
光の聖霊ルシリスの言葉。エリュクスが、小さく項垂れた。
【……ふむ、それは“寂しさ”だな? 初めての感情に戸惑っていると見える。
さて、何が悲しいのか?】
闇の聖霊ルーグの言葉に、ポロリと瞳から熱いものを流すエリュクス。
「……これが、負の心なの?」
まるで自分の気持ちを恥じるように俯く。聖霊達が、優しい眼差しをしながら、揃って首を横に振る。
【そなたの中に負の心はない。何が不満なのか?】
水の聖霊ミズナの言葉に、エリュクスは首を横に振る。
「不満なんかないわ……。貴方達やお母様に包まれているのに……。
違うの……。そうじゃないの……。」
聖霊達の言葉を否定するエリュクス。だが、やはり歯切れが悪い。
【では、一体どうしたの? 私達にも言えない事? ずっと溜息を付いてるわ。】
気の聖霊エアが、心配そうな顔をしてエリュクスの周りを回る。
【……そなたが悲しむと、母アースも悲しむぞ? 創世の娘よ。】
地の聖霊ジオが、大地から現れる。
聖霊達の優しい声にエリュクスの瞳から、涙が止めどなく溢れてくる。
聖霊達の言葉にしきりに首を横に振りながら。
【……ああ、そうか。我等はそなたの同胞ではない……。どれだけ我等が、そなたを愛していたとしても、支える事は出来ぬからな。】
空間の聖霊アルセリオンが、冷めたような口調で言う。他の聖霊達は、アルセリオンを
「……アルセリオン…どうして……?」
エリュクスの言葉に、アルセリオンが微笑む。その微笑みにエリュクスの涙が止まる。
【そなたが生まれた時から、例え短いと言えど、そなたの側にいたのだ。
そなたが欲しいものなど、手を取るように判る。
只、残念な事にそなたの望むものは、我等が叶えてはやれぬ事。何故、アースにそれを告げぬ?】
「……それは、私の私欲でしょう……? いけない事だって……。」
エリュクスの言葉にクスクス笑い出す時間の聖霊ラーディス。
【おやおや。何て弱気な事を。安心おし、我等が創世の娘よ。母アースは、そなた一人だけにはしまいよ。
宇宙神にしても、
ラーディスのおっとりした言い方に、エリュクスの唇に微笑みが浮かぶ。
【うん、笑っている方が良い。そなたには無邪気な笑顔がよく似合う。我等の一番好きな顔だよ。】
火の聖霊エンラが、ウィンクしながら話しかける。
【確かにね。そなたが元気がないと、この星も元気がなくなる。ほーら、ご覧、そなたの側にある花も元気なかったでしょう?
でも今は、そなたの微笑みと共に瑞々しくなっているのよ。私達だけではどうしようもないの。】
樹の聖霊ファグルが、エリュクスを元気付ける。
「……これは私の我が儘じゃないの? ……言っても良い事なのかしら……。」
エリュクスは、聖霊達の言葉にゆっくり顔を上げ彼等を見つめている。聖霊達の答えは皆同じだった。
【心配する前に、母アースに言ってごらん。我々だけでなく、同胞が欲しいと。
必ず母、アースは創世の娘の願いを叶えてくれるはずだよ。】
友達が欲しい、自分と同じ様な仲間が欲しい。それは小さな小さな願いであった。
どれだけ聖霊達やアースに愛されようと、心の何処かでずっと思っていた願い。
それが生まれて初めての寂しさを感じていた原因だったのだ。
エリュクスは、心を落ち着けるために大きく息を吸い込む。大地と空に向かって、エリュクスが祈りを捧げる。
「お父様、お母様。私は、一人ではとても淋しいんです。どうか……お願いです。
エリュクスに友達か……兄弟を与えて下さい。
私の我が儘をどうぞ聞き入れて下さい……。」
エリュクスの祈りに暫くの間、何の答えもなかったが、聖なる大地や海、空が美しい輝きを放ち出す。
「……お母様……?」
一瞬エリュクスが不安そうな顔をする。聖霊達も、廻りを見渡す。
《……一人では、淋しくなってきましたか?》
アースの優しい声が、辺りに響き渡る。エリュクスは、緊張しながら頷く。
「……はい。勿論、不満があるわけではないの。聖霊達もお母様もとっても優しいのだけれど……私はずっと一人で居なければならないの?
そう思うと……胸が苦しくなるの。」
エリュクスの答えに、まるで笑って居るかのように美しい光を放つ大地。
聖霊達が、笑みを浮かべてその光に身を委ねている。
《そうですか、やはり淋しくなりましたか。……エリュクス?
もう暫く待てますか? きっと悪いようにはしません。》
アースがクスクス笑いながら返事をする。エリュクスの瞳が、嬉しそうに輝く。
「じゃぁ、必ずお友達が出来るのですか?」
問いに答える変わりに、星が美しい輝きを示す。それは、アースが肯定するときの仕種である。
エリュクスは、飛び上がって喜んだ。聖霊達は、そんな彼女を優しく抱きしめる。
エリュクスの純粋な願いに答えたのは、彼女の父親や母親だけではなかった。
この新宇宙よりも遙かに遠いところまで届いたエリュクスの願い。
―――小さな命の切ない願い……。
此処まで響いてこようとは……。
だが、このままでは危ういな……―――
エリュクスの願いを聞いた遙かな者。それはゆっくりと、両手を広げ胸の所で交差させる。
まるでそれを合図にするかのように、眩い光がその胸から飛び出していく。
始め1つであったものが、幾つにも分かれる。そして何処かへと消えていった。
―――セレス・ファーラの名を持つ者か……。
この世に偶然はない。全て必然なり。―――
遙かな者は、そう言うとゆっくりその場からかき消えた。
エリュクスが、友達を欲しいと言った後、聖なる光達の間では、ある問題が持ち上がっていた。
それは新しい星に降り立ったフィーズの事であった。互いに過去の穢けがれを新しい命に持ち込まないと誓ったのだが、彼はそれに反して、一人アースを守るという名目で身を変えた彼女に降り立ってしまったのだ。
このままでは、どうすることも出来ない。アースもまた、彼をはじき返すことなど、今の状態では出来ないのだ。
《どうだろう? 穢れなき命はあの娘だけで良いのではなかろうか?》
《……我等の
《寂しがるかも知れぬが、この楽園を汚すわけにはいかぬ。》
男性達が口々に言う。カオスも難しい顔をしている。
不意にカオスは、女性達の方を向き直る。
《……そなた達はどう思う?》
カオスの問い掛けに女性達も静かに答える。
《私達は、あの娘の他に新たな命を育むべきだと思いますわ。あの娘を守ることの出来る者達を。》
《……そうですね。フィーズは昔から、アースに想いを寄せていました。いくら新たな命と言えど、あれだけアースに似ている創世の娘。フィーズが黙っているわけがありませんもの。》
《……今フィーズが眠っているのは、アースの超常力が、まだ彼に勝っているからに過ぎません。彼の能力を御存知でしょう?
気を溜め込むことが出来るのですよ。
それが、アースに勝った時、下手をするとなくしたはずの肉体をも復活させるかも知れません。そうなった時、私達や貴方達に彼を止める事が出来ますか?》
男性達は、思わず唇を噛む。
《し、しかし、あやつとて、聖なる光の一人。そこまで愚かな事をするとは到底思えないのだが……。》
女性の一人が大きな溜息を付いた。
《それは、私達の世界での事。この世界は、まだ生まれたてのものですわ。
善も悪も定まらぬ小さな世界。そんなところで、私達の世界観を通用させるおつもりですか?》
《……ぬぅ……。》
大きく唸る聖なる光達。相も変わらず、一人高見の見物をしている異端者イクセン。
(フフン、このままではこの宇宙も自滅を辿るのみか。……にしてもつまらぬ。
一瞬、異端者イクセンの耳に何かが聞こえた。ハッと我に返る異端者イクセン。
その何かは、此処に居る聖なる光達ではない。そして、新しい宇宙の命でもなかった。
思わずその気を追おうとしたが、瞬時にして消え去っていく。
(……今のは……まさか?)
聖なる光達は気付いていなかった。異端者イクセンの端正な顔色が変わった事を―――。
《……我等が創世の娘エリュクスに強力な守り手を送り出そう。》
カオスが言葉を綴る。聖なる光達が、しーんと静まり返る。
《フィーズのアースを思う気持ちを信じたい……が、いつそれが狂気に走るかは計り知れぬ。
だが、もしもの時のために準備をしておく方が良いやも知れぬ。》
溜息と共にカオスが決断する。聖なる光達も頷いた。アースの姿が、蒼い星と重なる。
《アース……。これから再び新たな命を産めるか?》
カオスが、アースに尋ねる。アースは優しく微笑みながら答えた。
《わたくしの事ならご心配なさらないで……と言ったはずですわ。》
アースの返事にカオスが微笑む。
《……そなたが、そう答えるのは判っていたが……。》
《ですけれど、その子供達は、只エリュクスを守るだけの存在には出来ませんよ。
成長していく過程で、変わっていく自由を与えても宜しいでしょう?》
アースの返答に呆気にとられる聖なる光達。アースは美しく微笑んだ。
《この世界は、新たな命である子供達のもの。わたくし達は見守らなければいけないのですわ。そんな事すらお忘れになったのですか?》
《……全くそなたには適わぬ。だが、守りを預けても良かろう?》
《……わたくしが反対しても、守りをお与えになるくせに……。》
アースの言葉に失笑するカオス。
アースは優しい微笑みを浮かべると、エリュクスを生み出した時のように身体を微かに捩よじる。
小刻みに震える大地。喜びを讃えて居るかのような光が、大地と海、そして空に輝く。
突然の出来事にエリュクスが驚く。
「お母様!? 一体どうなさったの!?」
慌てるエリュクスを宥める聖霊達。
【創世の娘よ。心配せずとも良い。これは、母アースの命の胎動。
そなたの願いを受けて、新たな命をこの世に生み出そうとしているのだ。】
【そう、この波動はそなたが生まれた時と同じ様なもの。案ずる事はない。】
聖霊達が笑いながら答える。
「そ、そうなの? お母様は大丈夫なの?」
エリュクスの質問に頷く聖霊達。聖霊達は、小刻みに震える大地が収まった頃、不意にエリュクスから離れる。
そして、同じ様な場所に向かっていく。
一人になることで不安を募らせるエリュクス。思わず彼女も、聖霊達の後を追いかけていく。
何故、彼等がいきなり自分の前から消えたのだろう?
母の命の胎動と言っていたが、それは一体何なんだろう?
それらの疑問を持ちながら、エリュクスは聖霊達の後を追っていた。