Novel
Legend of origin 〜創世神話〜


第1部 誕生 <創世の娘 セレス・ファーラ>

著者:真悠
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 新しい宇宙空間に瞬く蒼い星。それが大きく胎動した時から、それらは動き出した。

 ――トクン――

 星の胎動と共に、何かの息吹が小さく小さく動き出した。

 それは、様々な命であった。
それまで荒れ果てて居た大地が、美しい自然を育み出す。光が、眩いばかりに(きら)めいた。

 金色の光が、一瞬にして蒼い星を覆った。
そして、細かな星の胎動が、まるで溜息を付いて居るかのような大きな動きになり、胎動が収まる。

 金色の光と共に、蒼い星に様々な聖霊が生まれ出た。そしてそれらが、後に産まれる聖霊達の王となる。

 風の中から生まれた聖霊カザマ。大地から生まれた聖霊ジオ。
炎の中から生まれた聖霊エンラ。清らかな水から生まれた聖霊ミズナ。
強烈な光から生まれた聖霊ルシリス。健やかな闇から生まれた聖霊ルーグ。
木々から生まれた聖霊ファグル。空気から生まれた聖霊エア。
時間から生まれた聖霊ラーディス。空間の中から生まれた聖霊アルセリオン。

 
 

 それらの聖霊が、次代の命を見守り続ける事となる。

《今から、新しい命をこの世界に送り出します……。どうぞこの子を守って上げて……。》

 先に生まれた聖霊達は、アースの言葉に静かに頷く。

 蒼い星が、大きく胎動をし出す。まるで、何かを生み出すために苦しんで居るかのように。蒼い星アースが大きく震える。

 ドックン―――!

 大地が大きく唸り、光が満ち溢れる。風が、その光に絡み付く。
美しい炎と、清浄な水が大地から吹き上がる。光と闇が交互に揺らめく。
時間と空間が、美しいハーモニーを奏でた。

 

【我等が創世の娘が、今誕生する!】

 聖霊達の嬉しそうな声が世界のあちこちに響く。その大地から、大きな光の柱が宇宙にそびえ立った時、蒼い星の動きが収まった。

 

 光の柱がそびえ立った中心には、小さな小さな命があった。聖霊達が一斉に歓びの声を上げる。

【この宇宙の創生の命に、ありとあらゆる祝福を!】
【讃えあれ! 光の皇族アースの生み出した命に!】
【真の闇の王であるカオスの息吹を持つ者に!】
【聖なる光の希望である新たな命に!】
【穢れを持たぬ聖なる光の希望!】

 聖霊達は歓喜し、その命の廻りで様々な祝福を行った。

【アースとカオス、そして全ての聖なる光の希望、新たな命。そなたは、我が母アースの大地から生まれた。
決して大地に飲み込まれぬよう我がそなたを守護しよう。】

【我が祝福は、風。全てを見通せる流れと守りを与えよう。】

【我が祝福は、炎。例えいかなる炎にも焼かれることはない、そんな強靱(きょうじん)さを与えよう。】

【我が祝福は、水。形を変えながら、時に優しく時に激しく、そしてたおやかに、健やかに育つように、そなたに水の恵みを与えよう。】

【我が祝福は、光。いつでも、そなたの行く道を照らしていこう。迷わず進んでいけるようにそして、その光を自由自在に扱えるように。】

【我が祝福は、闇。例えどのような刻にでも、そなたに安らぎが与えられるように。
疲れた心を癒せるように、全ての闇はそなたの側に。】

【我が祝福は、気。全ての超常力もそなたの意のまま。そして、いついかなる時にでも、そなたが必要とあらば、そなたの元に訪れよう。】

【我が祝福は、刻。どんな刻の重みにも渡っていける強さを授けよう。許す限り、そなたの刻はそなたの意のままに。】

【我が祝福は、恵み。そなたの廻りでは、いついかなる時でも、豊穣を約束しよう。
光と闇に育まれし新たな命よ。】

【我が祝福は、空間。そなたが望むのであれば、空間から空間に渡る事を許可しよう。
空間の中のありとあらゆるものは、そなたの意のままに。】

 
 

 聖霊達の口々の祝福。その小さな命は、それを聞きながら首を傾げている。

 不思議な空間。
“自分” は、一体何なのだろう? 聖霊達に見守られている中、その小さな命は“自分” の手を動かしてみた。
そして、ゆっくりと “自分” の顔を触ってみた。

 これは一体何なんだろう? そして廻りに見えるものは一体何なんだろう?
不思議な感覚。小さな命は、ゆっくりと廻りにいる聖霊達に手を伸ばす。

 聖霊達は、愛しそうにその命の一挙一動を見守っている。
小さな命は、聖霊達に触れ、“自分” との違いを確認する。不思議そうな顔をする小さな命。

「……これは何?」

 初めて小さな命が “声” をあげた。その命は、驚いた表情をして辺りを見渡す。
その声も、明らかに聖霊達と違う。一体誰の声なのか?
それが “自分” のものだと認識するまでに、少しの時間が掛かった。

 その様子に聖霊達が愛しげに微笑んでいる。
その命は、辺りをキョロキョロと見回し、ようやく “自分” と廻りにいる聖霊達との違いに気が付いた。

「私は……誰? ここは、どこなの?」

 小さな命は、今度は自分の声にも驚かなかった。そんな命の様子に、聖霊達が微笑む。

《……創世(そうせい)に生まれし、私達の希望。貴女の名前は、ラー・エリュクス・セレス・ファーラ。『運命を導く光』。》

 不意に聞こえてきた声に再び辺りを見回す命。
その声は、自分のものでも、聖霊達のものでもなかった。一体誰の声?
だが、その廻りには、自分と聖霊達しかいない。
不思議そうな顔をして首を傾げる。

《わたくしは、貴女の母親でもあり、この星でもある者。》

 耳に聞こえるよりも、頭の中に響いてくる。それはとても優しくて、自分を包んでくれていた。
思わずその子は、うっとりとその声に聞き入っていた。

《エリュクス……創世に生まれたわたくし達の娘。貴女にこれから色々なことを教えて行きましょうね。》

 アースの声に、エリュクスが暫くの間考え込む。

「……お母様……? どうしてお顔が見えないの? どうして此処にいらっしゃらないの?」

 エリュクスの質問に聖霊達が、互いの顔を見合わせる。

《エリュクス。わたくしは、この星そのもの。いつでも、どのような刻でも、わたくしは貴女の側にいますよ。
……そうですね。今は貴女に姿を見せる事は適わないのですが、刻が来たら、必ず貴女達にこの姿を見せますよ。
でも、わたくしは、貴女の姿をいつも見ていますよ。
いつも貴女を抱きしめています。それだけは忘れないで……。》

 アースの言葉に、エリュクスが小さく頷く。彼女の答えに、蒼い星は、静かに優しく彼女を抱きしめる。
肉体はなくとも、エリュクスには、母親の温もりが伝わる。
母親だけではなく、全てに包み込まれているような温かな想いが、あちこちから感じられる。

 
 

 アースの生み出した全ての聖霊に見守られ、エリュクスはこの星に誕生した。
藍色の髪と美しい金色の瞳を持つ少女。
ラー・エリュクス・セレス・ファーラ。

 後に彼女ともう一人の女性が、『女神』と奉られ、伝説の中で生きていく事となる。
が―――それにはかなりの時間を要する事となるが―――。


 そして、聖なる光の止めるのも聞かずにこの星(アース)に降り立った者がいた。
廻りの景色を見て、呆然としている。自分達の無くした世界、嫌それ以上に清浄に輝いて居るこの世界。
信じられない奇跡。

「お…お。何と美しい。さすがはアース……。このような身に姿を変えても、尚も気高く輝いている。全ての美そのものではないか……。」

 感嘆の声を上げ、ゆっくりとその自然に触れる者。星の大きな胎動に気が付き、思わず表情が強張る。
遙か遠くに見えた巨大な光の柱。その者は、思わず、そこに駆けて行った。
が―――何故か思うように身体が動かない。

 だが、その男は、それすらも振り切って、その光の柱が立った場所へと向かっていく。
まるで何かに(いざな)われるかのように。光の柱が、収束した刻にその男は信じられないものを見ていた。
生まれたての小さな小さな命であった。

 生まれたてと言うには語弊があるかも知れない。
その姿は、自分達の幼い頃(5〜7歳ぐらい)と同じ姿をしていたのだから。

「……まさかあの少女が、アースの産みし新しき命なのか?」

 驚愕の余り、声が上擦っている。そして、尚も彼を驚かせた事は、その少女の姿であった。
美しいアースの幼少の頃とそっくりな姿。その容姿は、アースに似ている藍色の髪、そして美しい金色の瞳。
そして、アースに負けず劣らずの美貌。
長じれば、アースを追い越すかも知れないほどの美しさ。

 その男は、感動の余り、一歩一歩その少女に近付いて行った。
だが、それは少女の所にまで到達することはなかった。まるで、見えない壁にでも阻まれて居るかのように、その場から弾き飛ばされた。
眼を見開いている彼。

「な、なんだ? 一体何が起きたのだ? 何故、あの少女の所に行けぬ?」

 苛立たしさと、歯がゆさで、再びその少女に近付こうとする。
だが、何度やっても結果は同じであった。その都度、弾き飛ばされてしまう。

「どう言うことだ!? 何故なのだ!?」

 慌てふためく男。そんな男の耳に誰かの声が響く。

《フィーズよ。我等は、この新しい世界に関わってはならぬ事を忘れたか!
今なら、まだ許そう! 我等の元に戻ってきて、この世界を見届けるのだ。》

 それは、自分の仲間である聖なる光の声であった。フィーズと呼ばれた者は、首を横に振る。

「何故戻らねばならぬ! アースを見守るのは我等が役目! そのアースをこのような姿に辱めるとは、そなた達の方が、おかしくなったのではないか!?
そもそも光の皇族でありながら、闇の王と婚姻を取り繕う事は、初めから反対だったのだ!」

《フィーズ! もう既に我等の世界はないのだ! 過去の(けが)れを新しき命に吹き込むな!
我等に出来る事は、新たな世界を見守ることだ! はき違えてはならぬ!》

「腰抜け共め! 我は、アースをこの星で見守り続ける! 貴様等の言う事は、聞く耳持たぬ!」

 フィーズはそう言うと、聖なる光達の心話を()ね除けた。

 
 

《フィーズ―――!!》

 絶叫とも罵声とも言える聖なる光達の声が、途切れる。フィーズは、自ら聖なる光達とのコンタクトを切った。
彼の目に映っているものは、美しい光と輝きを讃えるアース自身。
そして―――彼女が生み出した幼い少女であった。
幼少の頃のアースにそっくりな少女。その目は愛しさに溢れていた。

 

(この世界には、アースとあの少女と我の三人のみ。我等が神々は、我が願いを聞き入れてくれた。
今は、まだあの少女に触れることは出来なくとも、いずれ長じれば、我が思いを受け入れることも出来よう。誰の邪魔も入らず、今度こそアース……。そなたと共にいられるのだ。)

 
 

 フィーズは微かに微笑むと、静かに眠りに就いた。
 アースとエリュクスと共にいる甘い夢を見ながら。


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