新しい宇宙空間に瞬く蒼い星。それが大きく胎動した時から、それらは動き出した。
――トクン――
星の胎動と共に、何かの息吹が小さく小さく動き出した。
それは、様々な命であった。
それまで荒れ果てて居た大地が、美しい自然を育み出す。光が、眩いばかりに
金色の光が、一瞬にして蒼い星を覆った。
そして、細かな星の胎動が、まるで溜息を付いて居るかのような大きな動きになり、胎動が収まる。
金色の光と共に、蒼い星に様々な聖霊が生まれ出た。そしてそれらが、後に産まれる聖霊達の王となる。
風の中から生まれた聖霊カザマ。大地から生まれた聖霊ジオ。
炎の中から生まれた聖霊エンラ。清らかな水から生まれた聖霊ミズナ。
強烈な光から生まれた聖霊ルシリス。健やかな闇から生まれた聖霊ルーグ。
木々から生まれた聖霊ファグル。空気から生まれた聖霊エア。
時間から生まれた聖霊ラーディス。空間の中から生まれた聖霊アルセリオン。
それらの聖霊が、次代の命を見守り続ける事となる。
《今から、新しい命をこの世界に送り出します……。どうぞこの子を守って上げて……。》
先に生まれた聖霊達は、アースの言葉に静かに頷く。
蒼い星が、大きく胎動をし出す。まるで、何かを生み出すために苦しんで居るかのように。蒼い星アースが大きく震える。
ドックン―――!
大地が大きく唸り、光が満ち溢れる。風が、その光に絡み付く。
美しい炎と、清浄な水が大地から吹き上がる。光と闇が交互に揺らめく。
時間と空間が、美しいハーモニーを奏でた。
【我等が創世の娘が、今誕生する!】
聖霊達の嬉しそうな声が世界のあちこちに響く。その大地から、大きな光の柱が宇宙にそびえ立った時、蒼い星の動きが収まった。
光の柱がそびえ立った中心には、小さな小さな命があった。聖霊達が一斉に歓びの声を上げる。
【この宇宙の創生の命に、ありとあらゆる祝福を!】
【讃えあれ! 光の皇族アースの生み出した命に!】
【真の闇の王であるカオスの息吹を持つ者に!】
【聖なる光の希望である新たな命に!】
【穢れを持たぬ聖なる光の希望!】
聖霊達は歓喜し、その命の廻りで様々な祝福を行った。
【アースとカオス、そして全ての聖なる光の希望、新たな命。そなたは、我が母アースの大地から生まれた。
決して大地に飲み込まれぬよう我がそなたを守護しよう。】
【我が祝福は、風。全てを見通せる流れと守りを与えよう。】
【我が祝福は、炎。例えいかなる炎にも焼かれることはない、そんな
【我が祝福は、水。形を変えながら、時に優しく時に激しく、そしてたおやかに、健やかに育つように、そなたに水の恵みを与えよう。】
【我が祝福は、光。いつでも、そなたの行く道を照らしていこう。迷わず進んでいけるようにそして、その光を自由自在に扱えるように。】
【我が祝福は、闇。例えどのような刻にでも、そなたに安らぎが与えられるように。
疲れた心を癒せるように、全ての闇はそなたの側に。】
【我が祝福は、気。全ての超常力もそなたの意のまま。そして、いついかなる時にでも、そなたが必要とあらば、そなたの元に訪れよう。】
【我が祝福は、刻。どんな刻の重みにも渡っていける強さを授けよう。許す限り、そなたの刻はそなたの意のままに。】
【我が祝福は、恵み。そなたの廻りでは、いついかなる時でも、豊穣を約束しよう。
光と闇に育まれし新たな命よ。】
【我が祝福は、空間。そなたが望むのであれば、空間から空間に渡る事を許可しよう。
空間の中のありとあらゆるものは、そなたの意のままに。】
聖霊達の口々の祝福。その小さな命は、それを聞きながら首を傾げている。
不思議な空間。
“自分” は、一体何なのだろう? 聖霊達に見守られている中、その小さな命は“自分” の手を動かしてみた。
そして、ゆっくりと “自分” の顔を触ってみた。
これは一体何なんだろう? そして廻りに見えるものは一体何なんだろう?
不思議な感覚。小さな命は、ゆっくりと廻りにいる聖霊達に手を伸ばす。
聖霊達は、愛しそうにその命の一挙一動を見守っている。
小さな命は、聖霊達に触れ、“自分” との違いを確認する。不思議そうな顔をする小さな命。
「……これは何?」
初めて小さな命が “声” をあげた。その命は、驚いた表情をして辺りを見渡す。
その声も、明らかに聖霊達と違う。一体誰の声なのか?
それが “自分” のものだと認識するまでに、少しの時間が掛かった。
その様子に聖霊達が愛しげに微笑んでいる。
その命は、辺りをキョロキョロと見回し、ようやく “自分” と廻りにいる聖霊達との違いに気が付いた。
「私は……誰? ここは、どこなの?」
小さな命は、今度は自分の声にも驚かなかった。そんな命の様子に、聖霊達が微笑む。
《……
不意に聞こえてきた声に再び辺りを見回す命。
その声は、自分のものでも、聖霊達のものでもなかった。一体誰の声?
だが、その廻りには、自分と聖霊達しかいない。
不思議そうな顔をして首を傾げる。
《わたくしは、貴女の母親でもあり、この星でもある者。》
耳に聞こえるよりも、頭の中に響いてくる。それはとても優しくて、自分を包んでくれていた。
思わずその子は、うっとりとその声に聞き入っていた。
《エリュクス……創世に生まれたわたくし達の娘。貴女にこれから色々なことを教えて行きましょうね。》
アースの声に、エリュクスが暫くの間考え込む。
「……お母様……? どうしてお顔が見えないの? どうして此処にいらっしゃらないの?」
エリュクスの質問に聖霊達が、互いの顔を見合わせる。
《エリュクス。わたくしは、この星そのもの。いつでも、どのような刻でも、わたくしは貴女の側にいますよ。
……そうですね。今は貴女に姿を見せる事は適わないのですが、刻が来たら、必ず貴女達にこの姿を見せますよ。
でも、わたくしは、貴女の姿をいつも見ていますよ。
いつも貴女を抱きしめています。それだけは忘れないで……。》
アースの言葉に、エリュクスが小さく頷く。彼女の答えに、蒼い星は、静かに優しく彼女を抱きしめる。
肉体はなくとも、エリュクスには、母親の温もりが伝わる。
母親だけではなく、全てに包み込まれているような温かな想いが、あちこちから感じられる。
アースの生み出した全ての聖霊に見守られ、エリュクスはこの星に誕生した。
藍色の髪と美しい金色の瞳を持つ少女。
ラー・エリュクス・セレス・ファーラ。
後に彼女ともう一人の女性が、『女神』と奉られ、伝説の中で生きていく事となる。
が―――それにはかなりの時間を要する事となるが―――。
そして、聖なる光の止めるのも聞かずにこの星(アース)に降り立った者がいた。
廻りの景色を見て、呆然としている。自分達の無くした世界、嫌それ以上に清浄に輝いて居るこの世界。
信じられない奇跡。
「お…お。何と美しい。さすがはアース……。このような身に姿を変えても、尚も気高く輝いている。全ての美そのものではないか……。」
感嘆の声を上げ、ゆっくりとその自然に触れる者。星の大きな胎動に気が付き、思わず表情が強張る。
遙か遠くに見えた巨大な光の柱。その者は、思わず、そこに駆けて行った。
が―――何故か思うように身体が動かない。
だが、その男は、それすらも振り切って、その光の柱が立った場所へと向かっていく。
まるで何かに
生まれたての小さな小さな命であった。
生まれたてと言うには語弊があるかも知れない。
その姿は、自分達の幼い頃(5〜7歳ぐらい)と同じ姿をしていたのだから。
「……まさかあの少女が、アースの産みし新しき命なのか?」
驚愕の余り、声が上擦っている。そして、尚も彼を驚かせた事は、その少女の姿であった。
美しいアースの幼少の頃とそっくりな姿。その容姿は、アースに似ている藍色の髪、そして美しい金色の瞳。
そして、アースに負けず劣らずの美貌。
長じれば、アースを追い越すかも知れないほどの美しさ。
その男は、感動の余り、一歩一歩その少女に近付いて行った。
だが、それは少女の所にまで到達することはなかった。まるで、見えない壁にでも阻まれて居るかのように、その場から弾き飛ばされた。
眼を見開いている彼。
「な、なんだ? 一体何が起きたのだ? 何故、あの少女の所に行けぬ?」
苛立たしさと、歯がゆさで、再びその少女に近付こうとする。
だが、何度やっても結果は同じであった。その都度、弾き飛ばされてしまう。
「どう言うことだ!? 何故なのだ!?」
慌てふためく男。そんな男の耳に誰かの声が響く。
《フィーズよ。我等は、この新しい世界に関わってはならぬ事を忘れたか!
今なら、まだ許そう! 我等の元に戻ってきて、この世界を見届けるのだ。》
それは、自分の仲間である聖なる光の声であった。フィーズと呼ばれた者は、首を横に振る。
「何故戻らねばならぬ! アースを見守るのは我等が役目! そのアースをこのような姿に辱めるとは、そなた達の方が、おかしくなったのではないか!?
そもそも光の皇族でありながら、闇の王と婚姻を取り繕う事は、初めから反対だったのだ!」
《フィーズ! もう既に我等の世界はないのだ! 過去の
我等に出来る事は、新たな世界を見守ることだ! はき違えてはならぬ!》
「腰抜け共め! 我は、アースをこの星で見守り続ける! 貴様等の言う事は、聞く耳持たぬ!」
フィーズはそう言うと、聖なる光達の心話を
《フィーズ―――!!》
絶叫とも罵声とも言える聖なる光達の声が、途切れる。フィーズは、自ら聖なる光達とのコンタクトを切った。
彼の目に映っているものは、美しい光と輝きを讃えるアース自身。
そして―――彼女が生み出した幼い少女であった。
幼少の頃のアースにそっくりな少女。その目は愛しさに溢れていた。
(この世界には、アースとあの少女と我の三人のみ。我等が神々は、我が願いを聞き入れてくれた。
今は、まだあの少女に触れることは出来なくとも、いずれ長じれば、我が思いを受け入れることも出来よう。誰の邪魔も入らず、今度こそアース……。そなたと共にいられるのだ。)
フィーズは微かに微笑むと、静かに眠りに就いた。
アースとエリュクスと共にいる甘い夢を見ながら。