Novel
Legend of origin 〜創世神話〜


第1部 誕生 <プロローグ>

著者:真悠
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「アースよ、何故そなたが犠牲に成らねばならぬ?」
「カオス。愛しい貴方。私が礎となるのは、犠牲とは違いますわ。
逆に様々な命を育むことが出来るのです。女性にとって、これほど幸せな事があるでしょうか?」

 アースの言葉に、皆一様に眉間に(しわ)を寄せる。
だが、アースは、何を言われても、その姿勢を崩さなかった。そんなアースに助け船を出したのは、他でもない女性達である。

「確かに……我々は、いずれ子供をこの体内で育む者ですわ。
これ以上、どんな事を言ってもアースの気持ちを変える事など出来ないでしょう。」
「そうですね。私達の世界はすでにないのです。
彼女を光の皇族の後継者と見るのも、今はおかしな話ですわ。
私達の世界はすでに無い。なればこそ、私は、アースの判断が羨ましいですわ。」
「ええ、新しい命を育むために、自らがその(いしずえ)となる。
ある意味、光の皇族である彼女でなければ、無理だとは思いますもの。
貴方達が反対なさると言うのなら、私達が、彼女のバックアップを致しましょう。」

 意外な女性達の言葉に驚いている男性達。

「何を言い出すのだ!? そなた達まで!」
「新しい命を育み、その成長を見守ることが出来るのなら、私達もその全てを賭けたいと思いますわ。」
「そうですね。既に我々は、この身体に新たな命を育む事など出来ないのですから。」

 
 

 さしもの聖なる光達も、女性達にそうまで言われては、反対できなくなってしまった。
その様子を面白そうに見ている異端者イクセン。
カオスも難しい顔をしている。

 例え、アースがその力で大地に変わったとしても、それを維持して行くには、一人だけでは無理である。
アースの夫として、聖なる光を束ねる者として、決断しなければいけない刻が来ていた。
女性達の言う通り、自分達の世界は愚か、自分達の肉体すら失ってしまった今、新しい世界を創り、新たな命を育まなければいけないのは必至である。
そして……そのためには、何をしなければいけないか。

 自分達の世界が作られたと言うときの言い伝えを思い出してみた。
それは、一度大爆発を起こし、そこから全てを生み出さねばならない。
そして、その大爆発の中心には、アースを置いて置かねばならないのだ。
だが、その判断を下すには、余りにも危険な賭である。
一歩間違えてしまえば、アースは精神体(アストラル)さえ失ってしまう。

「……アース、本当に良いのか?」

 カオスが再びアースに尋ねる。アースは、美しい微笑みを浮かべ、静かに頷く。

 

「これが、私の贖罪(しょくざい)ですわ。美しい私達の世界を失った事への……。
そして、それを止める事の出来なかった私への諫締(いさし)めですわ。
それに私は、“母”になるのです。それがどうして苦になりましょうか?」

 アースの言葉に女性達も微笑んで頷く。男性達も、諦めと共に認めざるを得なかった。
戦いを起こしたのは、自分達。
その結果、女性達に悲しい思いをさせてしまったのだ。
何よりも女性達は、新しい命を育む事を望んでいる。それをどうして否定できよう?

「では、我等の超常力(ちから)の全てを解放せねばならぬな。」
「……ウム、女性達だけでは心許(こころもと)ない。」
「女性達だけに危険な事をさせるわけにも行かぬしな。」

「では、我が同胞達よ。心の準備を。一度、この宇宙に大爆発を起こし、光を蘇らせよう。」
「ならば、その光を維持するための超常力(ちから)を解放するのは、私の仕事だな。」

 一人の男性が微笑みながら名乗り出る。

「あら、膨大な熱量は、貴方だけでは維持できませんわ。私も手伝いましょう。
何なら、私がアースと同じようにこの身を変え、貴方がそこで私の超常力(ちから)を吸収しながら放出するというのはいかがですか?」

 1人の女性の言葉に、その男性も微笑む。

「そうだな、我等は互いに光と熱を放出できる者。無理のない様に頼む。」

 男性の言葉に女性も満足そうな顔をする。

「では……アース一人では淋しいでしょうから、私もこの身を大地に変えて、アースと共にこの空間に輝きましょう。」
「それでは私も」
「では、私もそういたしますわ。」
「私は……子供を産む事は出来なくても、新たな命を見守る事が出来るように、その子供達の生きるための(しるべ)となりましょう。」

 女性の言葉を受けて男性が、深い息を吐き出す。

「女性達を守るのは我等の仕事。では、彼女達が苦しくないように、我等の超常力(ちから)で包むようにしよう。」

 それぞれの役目を決め、信じられないほどすんなりと話は決まっていく。
だが、その中でたった一人、未だに難色を示している男性が居た。

「……アース、例え贖罪(しょくざい)としても何故そなたが、犠牲に成らねばならないのだ? 他の女性でも事足りる事。そなたは誇り高き光の皇族ぞ?
……例え、政略とは言え、そなたがカオスの犠牲になることはない。」
「……貴方がカオスのことを良く思っていないことは承知しています。でも、誤解なさらないで。私は、彼を愛しているのです。
最初は、聖なる光をまとめるための婚姻でしたが、私の想い、それはカオスに向いているのです。
今は、光も闇もないことを貴方も御存知だと思いますわ。」

 アースの思いに思わず言葉を詰まらせる男性。全ての準備が出来たのか、女性達がアースに声を掛ける。
アースも微笑みを浮かべ、呼ばれた方に向かう。一人取り残された男性。

 
 

 他の聖なる光達を睨み付け、一際、その憎悪をアースの夫に放っているその男性。
しかし、その目は、アースの美しい姿を追っていた。

 

 アースが、聖なる光達の中心に辿り着く。微笑みを浮かべ、ゆっくりと廻りを見渡す。

「……それでは、皆様。全ての超常力(ちから)と思いを一つにして、集中しましょう。
私の事を思って下さるのなら、躊躇(ちゅうちょ)はなさらないで下さい。
新たな世界…新たな命のために。私に皆様の力を貸してくださいませ。」

 アースの言葉に、皆一様に頷く。確かに皆の足並みが揃わなければ、アースは愚か、
女性全てを失うことになる。
例え―――既に自分達の肉体がないとしても、未来を育んでくれる希望とも言える女性を完全に失う訳にはいかない。
そしてまた、女性達だけでも世界は支えられない。
男性達もまた、気を抜く訳にはいかないのである。

 新たな世界のため、新たな命を育むため……。全ての聖なる光の想いが一つになった。


 その刻、新たな宇宙の創造が始まった。

 

 ―――激しいほどの超常力(ちから)が、アースを始め、女性達を取り巻く。
その刹那―――暗闇の世界の中に大きな爆発が始まった。
目も眩むほどの光が、空間全てを覆う。激しいほどの熱量が、四方八方に放出された。

 
 
 

 ―――それが、ビックバンだと後々伝えられる―――

 宇宙の創造―――。
それは様々な想いを生み出した。自分達の犯した罪を償うために……。
そして―――新たな命達に自分達の希望を託したのである。

 その切ないほどの強い思いを受けて、女性達が応えるため、その超常力の全てを受け止め、更に男性達に返す。
お互いの想いが、交差した時、女性達は、次々にその美しい姿を世界に変えていく。

 アースは、その超常力を受け、美しく微笑んだまま、その身体を大きな恒星へと変える。
そして、そのアースを見守るかの如く、廻りにいた女性達が、それぞれ大きな恒星へと身を変えていく。
その超常力は、並々ならぬものであった。
身をよじり、一瞬苦痛の顔を見せる女性達。だが―――誰一人として、その創造をやめようとはしなかった。

 超常力を放っている男性達は、思わず唇を噛む。
誰も―――その超常力の放出を止めることは出来ない。中途半端の超常力の放出こそ、女性達を苦しめるに他ならない。
それは、男性達も十分に承知している事であった。

 聖なる光達の様子を冷静に見ている異端者イクセンの瞳に、チラリと何かが陰る。
その瞳に、何が映っているのか聖なる光達は、全くと言っていいほど、判っていなかった。
もちろん―――彼等には、そんな余裕など無かったのだが―――。

 

 聖なる光の女性達が、次々にその姿を変えていく中、最後の女性が残っていた。
その女性も、他の女性達の姿を見届けた後、自分の超常力を一人の男性に放出し、激しいほどの光と熱をその身体に溜める。

 超常力を放たれた男性も、その超常力を受け取り、数倍の超常力を放つ。

 その女性が、大きな恒星に身を変えた時、その空間に激しいほどの光が満ちあふれた。
深淵の闇に射した果てしない光。静寂の中、歓びの声が微かに挙がる。


 爆発が収まった時、そこには既に女性達の姿も男性達の姿もなかった。
激しい光と熱を放射する大きな恒星を中心として、美しい恒星が、立ち並んでいた。

 その中に一際輝く星。
放たれる光の中で、まるでその身をよじるように赤く燃えるように輝いている。
そして、次第に落ち着いてきたのか、蒼い光を放ちだした。
―――この広い宇宙の中での大きな奇跡。

 蒼く輝くその星こそ、アースが、美しい身体を変えた星である。
宇宙の全てに守られながら、激しいほどの光や熱にも、見劣りする事がない。
まるで、アースそのもののように気高く美しかった。

《……アース、我が愛する女性よ。我は、そなたを守るためにこの空間を包み込もう。
苦しくないか?》
《大丈夫ですわ、カオス。私一人だけではないのですから……。この身を変えてようやく、皆と一つになった気がしますわ。勿論、貴方とも……。判りますか?
私の全てが、歓びに満ち溢れている事を。》

 うっすらとしたカオスやアースの影がゆっくりと動き出す。
そして、それに合わせて無数の影がゆっくりと姿を現す。
―――それらは全て、聖なる光達であった。

《おお……どんな姿になっても、やはりアースは美しいのう。》
《我等の希望であることは、変わらない。……アースもそうだが、皆美しいと思うぞ。》
《確かに……それぞれ肉体があったとき以上に美しい。どうして我等は、その美しさに気が付かなかったのか……?》

 男性達の言葉に、女性達がほころんだように微笑む。

《何を仰います? 私達の方こそ、何故貴方達の真の凛々しさに気が付かなかったのですから……。》
《私達が美しいというのなら、それは貴方達が居るからですわ。》

《――もっと早く、気が付くべきだったのだ。そうすれば、そなた達にあのような哀しい思いはさせなくて済んだものを……。》

 女性達の返答に、男性達が辛そうに応える。だが、女性達は、その言葉を否定する。

《いいえ、それは違いますわ。気が付いた時から全てが始まるのですもの。
どうぞ、悔やまないで下さい。》
《そうですわ。全てはこれから始まるのですよ。全ての新たな命のために。》
《ええ、皆の言う通りですわ。私達は、哀しい出来事を知っている……。
でも新たな世界にそれを持ち込んではいけないのです。
私達はそれに気が付いた……。だからこそ、新たな世界を見守っていけるのですわ。》

 アースの穏やかな言葉に、皆の顔に笑顔が浮かぶ。

《そなたの言う通りかも知れぬ。……我等のように翻弄されずに済む世界を
我等の目で見守って行かねばならぬ。
……さて、アースよ。そなたには、まだ大きな役割がある。……大丈夫か?》

 カオスが、心配げにアースに尋ねる。アースは、そのカオスの言葉にニッコリと微笑む。

《大丈夫ですわ。もう心の準備も出来ております。ご心配なさらないで。》

 その微笑みには、何の迷いもなかった。聖なる光達は、アースの微笑みに元の自分達の世界を見守っていた女神の姿を見ていた。
取り戻せない過去の、自分達の美しい世界。
懐かしい世界に、そしてこれからの世界に思いを馳せる。

 アースが、再び蒼い星と同化する。それと同時に美しい光が、辺りに満ち溢れる。
蒼い星の中で、大きな胎動が始まっていた。
その胎動は、更にその宇宙に美しい光を与えている。
また、その胎動に合わせて、無数の光がその星に流れ込んでいく。

   ―――命の胎動―――

 新たに創り出した世界のために、果てしない超常力を注ぎ込む聖なる光達。
そして、それを柔らかく受け止め、更に美しい光を増す蒼い星。

 
 

 暗い空間の中で、宝石のように輝きを放つ蒼い星。
緑と水を、満々に讃え、まるで微笑んで居るかの如くその空間に存在する。
”ヒト”が生きるために必要な、全てを産みだした後、蒼い星アースは、次なる新たな命を育もうと、その刻を待っていた。
愛しいカオスや、皆に見守られながら……。

 蒼い星の胎動が大きく脈打つ。―――その時であった。

《アース!》

 溜まりかねたように叫んだ一人の男性。
それは、最後までアースが大地になることに対して、難色を示していた者であった。
他の聖なる光が止める間もなく、その男性は、一筋の光となって、蒼い星に向かっていく。

《血迷ったか!! 過去の(けが)れを新たな星に持ち込むなっ!!》

 人々の手や超常力をすり抜けて、尚も蒼い星に向かっていくその男性。
既にアースや他の聖なる光もそれを止める術がなかった。アースは、次の段階である新たな命を生み出す準備をしていたのだ。
それを途中でやめさせてしまっては、この世界の本当の崩壊ともなる。
銀色の光跡を残して、蒼い星に消えていった者を見過ごすより他はなかった。

 
 

「愚かな事を―――」

 唇に嘲りの笑みを浮かべ独り言のように呟く異端者イクセン。

(さて、我等が世界の巫女王(みこおう)が掲示した若き星……そしてそれを取り巻く者達。
これからどう出るのか、高見の見物とするか。この宇宙がどうなろうと私の知った事ではないが……。暫くは退屈せずに済みそうだな。)

 その呟きは、聖なる光達に届く事はなかった。
動揺を隠せない聖なる光達だが、気を取り直して、更に集中する。新たな命を育むために。

 

  ―――これが、地球創世である―――
  そして、この話は、この刻より始まるのであった―――


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