Novel
Legend of origin 〜創世神話〜


第1部 誕生 <聖帝国ムー>

著者:真悠
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 ルシリス・シャーラトにルーグ・ラトゼラールの統治者の一員として、挨拶に行った翌金星日(きんせいじつ)、ルシリス・シャーラトから、ナザリウスを伴ったラ・ムー事、セロルナが俺達のいるルーグ・ラトゼラールに来た。
勿論、2人に対しては大歓迎が待っていた。
俺と兄貴に付いて来たばかりに損な役回りをしてくれたみんなの方が喜んでいた。
それも当たり前の事か。本当の意味で誤解が解けて、受け入れてもらったのだから。

「セイクリッド。聞いてるか?」
「え?」

 ロドリグスが俺に何かを話しかけていたらしい。ぼーっとしていたのか、俺はその話を聞いていなかった。

「悪い、聞いてなかった。もう一度言ってくれないか?」

 俺の言葉にロドリグスが溜息を吐く。エリュクスも呆れたように俺を見ている。
セロルナは、苦笑しているし……。

「全くお前は〜。人の話はきちんと聞いておけ。聖帝国ムーが本当の意味で出来上がったから、その祝いに何かしようかって話をしていたんだよ。」

 そう言われても、正直興味がわかないんだよなぁ。

「セイクリッド、言っておくけれど貴方も統治者の一人なのよ? それを忘れていないでしょうね?」

 非難がましくエリュクスがロドリグスに言葉を続ける。誰が統治者の一人だ。
俺は、ロドリグスのサポートだぞ? 考えるのなら自分達でしろよな。

「お前達の意見は?」

 俺の問いかけに3人が顔を見合す。

「それが思いつかなくて…さ。何かしたいんだけどな。」
「何か作りたいと思うんだけど……。みんなが喜ぶような事を考えているのよ。」
「住む所は互いに出来上がっているし、他に何があるんだろうと……。」

 セロルナ、エリュクス、ロドリグスが思案に暮れていた。あのなぁ、お前達で出ない案が、早々俺にも出るわけないだろうが。
仲間のため、ひいては父上や母上達も喜んでくれるような事…か。

 ふと、考えていると俺の脳裏に不可思議な記憶が、(おぼろ)げに浮かび上がる。

「……みんなで出来るような音、そして唄。それに(あわ)せた動きっていうのは……?」

 俺の提案にルーグ・ラトゼラールがシーンと静まり返った。エリュクス達も不可解な顔をする。
ああ、はいはい。どうせ変な意見でしたよ。聞き流してくれてもいいぜ、別に。
俺だって適当に言ったんだし……と思っていた矢先。

「それ……面白そうですね。音や唄、それに併せた動きって。」

 不意にナザリウスとアステルが、同時に言っていた。

「音の出るものを作って……唄を歌って、それに併せて動くのも面白いかもしれないわね。これなら、誰にでも出来るもの。」
「うん、確かに面白そうだ。何よりみんなで楽しく出来る。すごいじゃないか! セイクリッド、俺達じゃ考え付かなかったよ!」
「確かに……いい案だな。どうだ、みんなセイクリッドの言った事、ムーにいる全員でやってみないか?」

 ラトゼラールにいるみんなが、いきなり歓声をあげた。
へ? 俺は適当に言っただけだぞ? 確かに不思議な事が頭に浮かんだが、それをちょっと言っただけだぞ。

「ナザリウス、これからシャーラトに戻って、この事をみんなに伝えよう! 忙しくなるぞ。」

 セロルナは、顔を紅潮させ興奮気味にまくし立てていた。ナザリウスも大きく頷く。

「ルーグ・ラトゼラールのみんなよ、また後ほど会おう。準備をして楽しい祝い事にしよう! こちらも準備をしておく。一斉に音を出したり歌ったり、動き回ろう。楽しみにしている。
今は、ルシリス・シャーラトにこの事を至急で伝えよう。また逢えるときには、存分に語り合おう。」

 セロルナの言葉にルーグ・ラトゼラールのみんなも大歓声を上げる。ある種、壮観だよな…この様は。

「じゃぁ、また! 準備が出来たらすぐにお前達に知らせるよ。」
「ああ、こっちもすぐに準備に取り掛かる。またみんなで逢おうな。」

 セロルナとロドリグスが、固い握手を交わす。セロルナが俺の方に来て満面の笑顔で俺の両手をぶんぶん振り回す。痛いだろうが。

「セイクリッド、お前の案でみんながまとまったよ。本当にありがとう。」
「あ、い、いや、俺は只頭に浮かんだ事を言ったまでで……。」

 謙遜するなと言いながら、セロルナとナザリウスは、満面の笑顔でルシリス・シャーラトに戻って行く。
ルーグ・ラトゼラールは、2人が帰った後に、大騒ぎに変わった。
音を出すものを作ろうとか、どんな音にしようかと、どんな踊りにしようかと、興奮しながらみんなが話し合っていた。

 みんながまとまるのを見るのは楽しいが、どうも俺はこの大騒ぎには慣れない。

 ……自分でも異質だと思うさ。
楽しい事にわいわいやっているのに、それについていけないんだから。口から溜息が漏れた後、俺はその場を後にした。

 ルーグ・ラトゼラールから出て、誰もいない海岸に来ていた。そこは俺が、生まれたと言うか海からはじき出された場所。ある意味、俺の憩いの場所でもある。

 どこまでも白く輝く砂浜に、身体を投げ出し、打ち寄せる波の音を聞いていた。
透き通る蒼い海、見渡す限りの青い空。本当にこの世界は、母上の最高傑作なんだろうな…。
美しいなんてだけの言葉じゃ言い表せない。穏やかなこの風景を見ながらも、再び溜息が口から漏れる。

 何かを渇望(かつぼう)している俺。みんなと強調できない苛立ち。
それが何なのか、なんとなくどこかで感じて判っていた。
俺は、自分のするべき事を判っていないんだ。
俺のするべき事――考えていると、憂鬱になってくる。他の奴等は、そんな事考えないんだろうか?
それとも俺だけが、規格外でそんな風に考えているんだろうか?

 自分のやるべき事、やらなければいけない事、それらは漠然とは判っている。
だが、それが果たして正しいと言う事になるんだろうか?
躊躇(ちゅうちょ)しているのは、この世界のバランスさえも崩しかねないから…。
波の音を聞きながら、うつらうつらとなってきた。
今は、その心地よさに身を任せて転寝(うたたね)をする事に決め込んだ。


 気がついたのは、自分がいるであろう空間の中。闇の中に無数の光が、散らばっていた。ここはどこだろう?
随分昔に覚えのあるような場所。懐かしいような、腹立たしいような……。
闇の中にすら、淡い明かりを放ったり、消えたりしている無数の光。
何故、自分がこんな世界にいるのか判らず、しばらく考えていた。

 俺は、生まれた場所で転寝をしていたはずだよな?

 不意に俺の中にある、父上からもらった守りの剣が、激しく輝き出した。
何が始まる?
不思議な空間にいながら、俺はこれから起きるかもしれない出来事に期待していた。

《……我が守護するセイクリッドよ。我に名を与えよ。》

 俺の身体から、抜け出した守りの剣が俺に語りかけてくる。

「…名前をもらってどうする?」
《我は、そなたを守護するもの。故にそなたからの名を与えられたい。いつまでも神々がつけた“守りの剣”に徹する気はない。》

 俺の問いかけに剣が、はっきりした意思を示す。

「俺を守護する…ねぇ。悪いが俺は、女じゃないんだ。守られてるだけってのは、いい気がしないぜ?」
《そなたの性格なら…それは当たり前の事。ならば言葉を変えよう。そなたと共に闘っていく為…といえば気に入るか?》

 剣の申し出に思わず口笛を吹いた俺。

「面白い事言うじゃねぇか……。共に闘う為だと? この世界で一番必要ないのは、“戦い”そのものだぜ? それをあえて言うか。お前は。」
《…そなたとて、それに甘んじる気はないであろうに…。見よ、いずれあの世界は、混乱の(とき)を迎える……。》

 剣がそういうなり、周りの空間に(おびただ)しい戦いの気が溢れていた。
その中に逃げ惑う俺の大事な者達。そして、その身体を朱に染める。
その戦いに何も出来ない俺自身は、悔しさのあまり両の拳を握り締めていた。

 気付いた時には、遅すぎる。今からその力を蓄えないと、守りたい時にはもう守れない。だが、逆に自分が戦いの力を蓄えると言う事で、その時期を早めるのではないだろうか?

 出来れば、この世界には戦いなど知って欲しくはない。俺自身が、その戦いを止められるとは思わない。永い刻をかけて、ヒトは戦いに目覚めていく。それはどんな時代でも、どんな世界でも……。平和を求め、戦いを繰り返す。
そして平和が飽きると、戦いに走る。それが永遠に繰り返されるのがヒトの営みか……。

 力を持った強者に弱者は翻弄され、望まぬ戦いに巻き込まれていく。
そして弱者は、それを回避しようと力をつけ、知恵をつけさらに戦いが拡大していく。
輪の中でぐるぐる廻っている堂々巡りか。

「フ…結局は、何時までも戦いを知らない幸せな刻ってのは、ありえない幻想か。
この世界だけは…と思ったが、それもやはり無理なのか…。」

 俺自身が知らない俺の言葉。それは不思議な感覚だった。俺は違う世界を知っているんだろうか?
剣は、それ以上何も言わなかった。言えなかったのだろう。
父上から一番最初に守りの剣を与えられた時から、既に知っていた事だった。

 俺はいずれ、この身を幾千幾万の血で、染めるだろうと。

 そして、それは遥か昔から定められていた俺の宿命でもあるのだと――。

「だが…他の人間にその役目を言い渡すよりは、遥かに気が楽か。俺自身がそれをやれば良いだけの事。父上達から与えられた守りの剣、いや…“サセファート”俺の剣。
俺と共に戦え、未来や運命を切り開くために。俺が守るべき、全ての存在のために!」

 俺がそう言うと、守りの剣――いや今は俺のサセファートが、激しく輝き、光と闇の柱が俺の周りに(そび)え立った。
苦痛はない。むしろ俺自身は歓喜に満ち溢れていた。

《“サセファート”それが我が新しい名か。承知した。我を所有する事の出来うる、只一人の人物よ。セイクリッド・ル・ロードリー・フォン・ヒルグラ、何時いかなる刻も貴方のみに付き従い、悠久の流れに共に飛び込もうぞ。
貴方が守るべき世界のために、そして貴方のために。》

 サセファートはそう言うと、嬉しそうに俺の身体と再び融合した。
望めば、いつでもサセファートを手にする事が出来る、この剣は今、俺自身となっているのだから。
俺のいる空間が、光に包まれたかと思うと一瞬のうちに掻き消えた。


 眩しい光が眼に映し出され、うるさいほどの音が耳に聞こえてきた。ふと、眼を開けるとそこは、先程の砂浜。
あぁ……転寝していたつもりで、精神(こころ)は違う空間に飛んでいたんだ。
そうか、うるさいと思った音は、この波音か。
そういえば、あそこの空間には音がなかったっけ。

 眼を閉じて耳を澄ましていると、様々な音が聞こえる。
波の音、風の唸り、水の流れ、草木のささやき、虫や動物達の声。
すべて、生命の息吹。父上や母上の望んでいる美しい世界。
守れるものなら守りたい…。

 眼を閉じたまま考え事をしていた俺の頭にいきなり激痛が走った。

「いてっ!! 誰だ!?」

 眼を開け起き上がった俺の見たものは、腕を組んでいるエリュクスの立ち姿。

「いてっ……じゃないわよ。こんな所でお昼寝? 随分悠長な事やってるじゃない。
みんな貴方の提案した事に一生懸命になってるって言うのに、貴方だけとんずらするんだもの。
眼が覚めてないって言うんなら、もう一発その頭を蹴ってあげましょうか?」

 エリュクスの冷ややかな視線が、俺を見据えていた。

「……さっきの激痛は、お前が俺の頭を蹴ったせいか!? 何しやがるんだ。」
「何しやがるんだじゃないでしょう。不本意ではあるけど、あちこち捜したのよ!
セイクリッド貴方が提案した事なのに、途中で逃げるなんてとんでもないわよ。
私達みんなが、生きている聖帝国ムーのお祝い事なのよ。
自分には、関係ないで済まさないで頂戴。戻るわよ。」

 エリュクスはそう言うと、俺の右腕を思い切り引っ張り、ズンズンと歩き出した。
俺の言い訳は一切聞かないと、怒っているような様子だった。
はあ…。まったく、こいつってばメチャクチャ強気だよなぁ。

「自分で歩けるから、そんなに引っ張るな。痛いだろうが。」

 俺の言葉にエリュクスが勢い良く振り返る。その瞳には、かなりの怒りが含まれていた。
なんで、こいつがこんなに怒るんだ?

「こうでもしないと、貴方はどこかに行ってしまうでしょう!?」

 エリュクスは、俺の事をフラフラしてるって言いたかったんだろうな。だが、俺は違う意味でドキッとした。
俺のやろうとしてる事を見抜いているかのような言葉に。まだ、知られてはいけないんだ。こいつは、未来を垣間見る事が出来る。今はまだ、おぼろげでもそれはいつか、はっきりした映像を捉とらえるようになるだろう。
俺がやろうとしている事は、こいつの意に反する事。

 いつか来るかもしれない戦いを食い止めるために戦いを知る事。それは、果てしない矛盾。
この世界を戦いで汚したくない――それはこいつの主張である。

 俺は、わざと大袈裟に溜息を吐ついた。

「あぁ、判ったよ。聖帝国ムーの皆で関わる事には、逃げ出したりしないって。それでいいか?」

 俺の言い方が、気に入らなかったのかエリュクスの眉がつり上がる。

「なんなの? その投げやりな言い方。忘れてやしないでしょうね、貴方は……!」
「ルーグ・ラトゼラールひいては、この聖帝国ムーの統治者の一人でもあるのよ……か?
毎度毎度、同じ事を言うもんな。エリュクスは。
けど、覚えてないだろうが、俺は統治者に付く気は、一切ないっていつも言ってるんだぜ? なのに何でいつも俺に、おんなじ事を言うんだろうな、お前は。」

 全て言った後、はっとなって慌てて口を閉じた。
今まで何度この不用意な言葉で、エリュクスが怒り出したか判りゃしない。
――が、意外な事にエリュクスからのリアクションが何もなかった。

「……だって、貴方達は血に染まった未来をいとも容易たやすく回避したもの…。
セロルナ一人だけでも、ロドリグスとセロルナの2人だけでも、何かが欠けちゃうのよ。貴方も含めて3人…必要なのよ。」

 小さく呟くように言うエリュクス。それはまるで消え入りそうな言葉だった。
いつものエリュクスの元気もない。
こんな状態を俺にどうしろと言うんだ?
励まそうにもそんな言葉なんて見つからない。ガリガリと頭を掻いた後、陳腐な言葉を言うしかなかった。

「……行くぞ。みんな待ってるんだろう?」

 俺の言葉にエリュクスが、驚いたように俺を見つめていた。その後、大きく頷く。
ニッコリと笑った顔が、すごく印象的だった。
再び俺の手を引っ張り、ルーグ・ラトゼラールへと向かうエリュクス。
時々、俺に「早く。」と急かしていた。まぁ、いいか。たまにこんな事も悪くない。

 俺自身、あやふやだった宿命がサセファートを得た事で、はっきりと判った。俺もこの世界を守りたい。
例えその思いが、無益な戦いを始める事だとしても、俺なりに守りたいものを守っていこう。
それこそ俺が、この世界に存在する最たる理由であるのだから…。
全てに否定されたとしても、俺は自分の思いを貫くしか出来ないんだ。

 俺の考えをよそに、エリュクスが早くラトゼラールに戻ろうと急かしたてる。
判ってるって言ってるだろうが。
俺は殆どエリュクスに引っ張られるような形で、みんなの待つルーグ・ラトゼラールへと戻って行く。


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