Novel
アグリア〜運命の女性達〜
火の章 炎の回想 マーリア・エリス


火の章 マーリア・エリス <誕生>

原作:美桜 編集:真悠
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「心ない噂……かぁ。そうだよなぁ。俺も先輩の戦士達から良く聞かされていた。
星巫女の美しい外見に騙されるなって……。」
「ナーザもか? 俺も星巫女は化け物だから、決して近付くなって言われてたぜ?」
「……ナーザやゼーファだけじゃないさ。皆そう言われながら育ってきたんだろう。
俺だってそうだったよ。闇の血が混ざっている俺の村だって、結局は村の保身のために時折産まれる星巫女をシャーラトやラトラーゼルに差し出していたんだ。
村の誰もが、それを罪悪だとは思わずにね……。
そんな状況からすると、星巫女達の人権を尊重して主張したリグット様やサーフィア様は、本当に亡くしてはならない大切な存在だったんだ……。」

 アレスナが最後にアスティアを気にしてか、フォローをしていた。
そう……だよね。星巫女が怖い存在じゃないのは、わたしも良く知っているもの。
アスティアは、アレスナの言葉に笑顔を見せる。
その後、深い溜息を付きながら、額のバンダナを触っている。

 

 炎が一際大きく燃え上がると、再び過去が映し出される。セロルナは、あの事件から3ヶ月経ったところだと教えてくれた。
母さんが父さんに掴みかかって、何か叫んでいる。
一体どうしたんだろう?

 巫女戦士の事だ。結局父さんは、母さんとの約束を守らなかったんだ。ううん、当たり前だよね。執政官が、巫女戦士を選ぶ権限を持っているわけじゃないもん。
父さんに罵詈雑言を言っている母さん。なんだか見るに耐えないよ……。

 

    「あんたは約束したじゃないか! 
    抱かれれば巫女戦士にしてやると!
    それなのに今日の発表は何なんだ!? 
    サーフィアの欠員は、私ではなくアニタのような
    小娘じゃないか!」

 

    全くこの女、これほどしつこいとは、
    とんだ誤算だったな。
    母親のティラは引き際を心得ていたらしいが、
    娘の方は全くなっておらんな。
    たっぷり若い身体を楽しませて貰ったことだし、
    ここらが潮時というもの。
    これ以上この女に関わっていては、
    儂の身の破滅にもなりかねん。

 

 ――自分勝手な父さんと母さん。
父さんは、さっさと別れたがっているのに、母さんは、それに気が付かず食い下がっている。……でもとうとう、冷たい言葉を浴びせられ、諦めざるを得なくなった母さん。

 

    「最初から……最初からそのつもりだったんだな!?
    巫女戦士にしてやるなどと出来もしない事をちらつかせて、
    その餌に食いついてくる女戦士を捜していたんだな!?」
    「クックック、その餌に食いついてきたのは誰だ?
    ふん、お前とて充分楽しんで居たのではないか?
    淫らに己から誘い、儂に絡み付いてきたのは誰だ?
    この淫売女が!」

 

 イヤ! これ以上母さんを侮辱しないで! 耳を塞ぎたいほどの父さんの汚い言葉。父さんに斬りかかろうとした母さんは、いきなり口を押さえて、その場に(うずくま)った。母さん? どうしたの? 父さんが顔を強張らせている。

 

    「なんだ? まさか子供―――?
    ふん! この淫売女が!
    どうせ儂にやったように
    そこらの男共に尻でも降って創ったのだろう!
    儂の子供であるはずがない!
    全く淫売の尻軽女め!」

 

    冗談ではない! 儂の子供だというなら本当に身の破滅だ!
    絶対に認めんぞ!

 

 父さんは、苦しんでいる母さんの側から、足早に立ち去っていった。
母さんは、吐いた後に腕でその唇を拭いながら、父さんの後ろ姿に吐き捨てるかのように言っていた。
子供が父さんに復讐するって。わたしは……そんな思いを受けて生まれてきたの?
高らかに笑い出す母さん。

「何て……事を言うの? 子供を何だと思っているの? 自由になるオモチャじゃないのよ! そんなんじゃ、ラトラーゼルの連中となんにも変わりが無いじゃない!」
「……確かに…な。人間として、親として最低な女かも知れんな。」

 わたし以上に腹を立てているのか、エレアが突然叫びだした。今まで、殆ど喋らなかったセイルが、吐き捨てるようにエレアに続く。
……最低な親。でも、わたしにとってはたった一人の母さんなんだよね。
それにわたしが、母さんの子供だって言う現実はどんなに頑張ったって、変えようがない。

「……わたしって、望まれない子だったんだね……。」

 私の言葉に、みんな静まり返ってしまったの。エレアは唇をキュッと噛みしめて、悲しそうな顔をしている。
アスティアも今にも泣きそう。ロドリグスとセイルは、深い溜息を付いている。
ゼーファやナーザ、アレスナはわたしから視線を逸らしていた。
セロルナだけが、わたしを抱きしめてくれている。

 炎はまだ燃え続けている。過去を映しながら……。

 炎の中に映る母さんは、既にお腹が大きく膨らんでいて、臨月のようだった。
わたしがお腹にいるせいで、戦士の訓練を休まなければならないと文句を言っている母さん。苛立ちがわたしにまで伝わってくる。
そこに母さんの友達のリンが現れた。

 信じられないニュースを持って。それはアスティアの父さんが、封印を解かれたって言う事。母さんは、初め全く気乗りしなかったようで、リンの話にも乗ってこなかった。
でも、興味がわいたらしく、アスティアの母さんの所にお見舞いに行くと言いだしたの。

 

     これって、ラ・リューラ様の恩赦なのかしら?
     星巫女が子供を生んだから星巫女を抱いた罪を帳消しに
     するなんて。
     まあ良いわ。その化け物の顔を拝みに行ってやるわ。

 

 母さんは大きなお腹を抱えて、シャーラト城に向かっていった。母さんを案内した巫女戦士を憎々しげに見つめている。
あ……アスティアの母さんだぁ。笑顔で母さんを迎えてくれている。でも母さんは不満みたい。

 

     「ようこそ。貴女は……?」
     「私は戦士アルタミア。赤ちゃんの祝福に来ました。」
     「ありがとう。あら? 貴女も出産を控えているのね?
     おめでとう。アルタミア様の御子も
     無事に産まれますように。」
     「あんた、それは嫌味なの?
     自分は幸せですって言う顔をして!」

 

 母さん! 違う!
アスティアの母さんは、本当に素直に母さんのことを祝福しただけだよ!
母さんは、アスティアの側に近寄っていった。その額には、大きな一つ星の(あざ)が!
あれって、アントゥの痣だわ!?
え? アスティアって、星巫女だったの!?

 みんなの驚きを余所(よそ)に母さんは、アスティアを抱き上げた。そして、アスティアの母さんに嫌味の応酬。
終いには、アスティアを祝福するなんて言って、その額をわざと引っ掻いてしまったの。

 アスティアの母さんは、とっても慌てている。アスティアの額から、赤い血が流れている。そんな……母さん! 何て事をしたの!?
他の星巫女がアスティアの母さんの部屋に入ってくる。
わたしの母さんは、有無を言わずに部屋から追い出されてしまっていた。
……星巫女を傷つけたと言うのに罪にならないの?

「うっそだろー!? このアスティアが星巫女だったなんて!」

 素っ頓狂な声を張り上げ、ゼーファがアスティアを指さしている。アスティアって、ラ・リューラ様の候補だけじゃなかったの?
星巫女だったの!? 嘘っ!
……でもそうだとしたら、みんなに愛されるのも判るような気がする。
……本当に人の運命って、とことん不公平なんだなぁ。

「……だからリグット様の封印が解けたんじゃないのか? なあアレスナ、お前もそう思うよな?」
「あぁ。……でもなんで、アスは戦士として育てられたんだ? 貴重なアントゥの巫女だというのに。」

 ナーザとアレスナの言葉に、みんなの視線がアスティアに集中する。

「あ、あの、だから、その……この時にぃ…そうそう、この時にね、痣を傷つけられてぇ、ほら、あ―――。」
「……痣に傷が付くと、星巫女の超常力(ちから)が消えてしまうんだったよな? ティア?」

 返答に困っていたアスティアをフォローするロドリグス。

「そ・そうなのよ! 痣に傷が付くと星巫女の超常力って消えてしまうの! ほ、ほほほほほほほほほ。」

 なんか、今のアスティアって、ロドリグスの言葉に合わせた苦し紛れの言い訳に聞こえるのは、わたしの気のせいかなぁ?
セロルナをチラリと見ると、なんだかクスクス笑っている。

「ホォ―――? そりゃぁ初耳だ。」

 アスティアとロドリグスの言葉に、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて茶々を入れるセイル。ひぃぃ〜、ロドリグスの眼光が怖いぃ〜〜〜〜〜〜!!
う……ロドリグスとセイルって、ほとほと仲が悪いのね。
お願いだから、周囲にまで影響を及ぼさないで!

「だって! ラ・リューラ様がそう言って、私を父様に預けたのよ! 立派な証拠じゃない!」
「フ…ン? じゃぁ、その貴重な星巫女を傷つけたアルタミアに何の(とが)めもないのはどう理由付ける?」
「セイルッ!」

 ロドリグスが、少し大きめな声でセイルの言葉を止める。

「ヘイヘイ、そう言う事にしておきましょうか?」

 セイルはチラッと舌を出して、肩を竦めている。別にロドリグスが怖くてそう言った訳じゃないみたい。……? よく判らないなぁ。一体何が言いたいんだろ?

 でも、これは事実なんだ。わたしの母さんは、アスティアだけじゃなくアスティアの母さんにも酷い事をしたんだ。母さんが、アスティアの星巫女としての超常力を消してしまったのね。
醜い妬みの感情の結果がこれなんだ。

「あの…アス……。謝っても許されるわけじゃないけど……ごめんなさい。母さんのせいで……。」
「やぁだぁ、マーリアの母様のせいじゃないわよ。気にしないで。それに私って、巫女ってガラじゃないでしょう? 戦士の方が性にあって居るのよ。星巫女だったりしたら、こんな旅にも出ることが出来なかったのよ?」

 アスティアがわたしを慰めてくれる。エレアが何か言おうとしたけれど、それより先にゼーファが大笑いしながら口を開いた。

「そりゃそーだ。こーんなお転婆で、じゃじゃ馬の星巫女なんて、世界中のどこ捜したって居る訳ないもんな。そんな奴それこそ、前代未聞だぜ。」

 高らかに笑うゼーファ。でも……笑っている場合じゃないと思うんだけど……。
ほらアスティアが三白眼で睨んでいるよ。どうなったって、知らないから。
アスティアにめった打ちにされているゼーファを無視して、炎が燃え上がる。

 母さんがベッドでのたうち回っていた。

 

    「何よ! この痛みは!
    産みの痛みがこんなに酷いなんて
    聞いてないわよぉ!」

 

    まったく! こんなに痛いんだったら、産むなんて
    決めなきゃ良かった。
    さっさと出てきてくれりゃ良いのに!

 

    「しっかりしなさい。アルタミア。母親なら誰もが通る道よ。
    貴女以上にお腹の赤ちゃんも苦しんでいるのよ!
    頑張りなさい。貴女のお母様だって、
    同じ苦しみを乗り越えたのよ。」
    「じゃぁ、緑霊士を呼んでよぉ! 苦しいのはイヤよぉ!!」
    「馬鹿なことを言わないで! もう少しだから頑張って!」

 

 母さんは、わたしを産んだ時とっても苦しんでいたのね。かなり経った後、わたしは母さんから生まれ落ちた。母さんは、わたしが女だったと言うことに狂喜していた。
これで父さんに復讐が出来ると言って……。
狂ったように笑う母さんの姿は、闇の人間のようにも見えた。

「……報復しか頭にないのね。マーリアの母様は……。私、なんだか自分が恥ずかしいわ。両親に愛されて育って来た私って、本当に幸せ者だったのね。エルミアに世間知らずのお嬢様呼ばわりされても仕方ないのね……。」
「何よ、アスティアってば、まださっきの言葉根に持っていたの?」
「だって……事実でしょう?」

 シュンとなるアスティア。エレアが、ゆっくりと口を開く。

「事実だけれど……、そんな汚いことばかりを知っていても、何の得にもならないわよ。あたしは、そう言う機会が多すぎただけ。裏を見過ぎたり経験しすぎるって言うのも、空しいものよ。
自分ではどうにもならないんだもの。それともアスティアもそういう経験してみたいわ、なんて馬鹿な事言うわけじゃないでしょ。…知らない方が幸せって事もあるのよ。」

 エレアの言葉にはとても重みがある。そうだった……エレアは、シャーラトに来てから本当に様々な嫌な思いをしてきたんだ。殺されそうになったり、犯されそうになったり……。
セイルが、エレアの言葉に険しい顔をしている。他のみんなは、言葉もなくなって、再びシーンと静まり返ってしまった。

「……セロルナ、ありがとう。もう良いよ。」
「マーリ? 大丈夫か?」
「うん……大丈夫だよ。知りたい事も判ったし……。両親があんな結びつきじゃ、わたしが捨てられても仕方なかったんだよね。わたしは誰にも必要とされてなかったんだって判ったから……。」
「馬鹿!! 少なくとも此処に居る皆や、この俺はマーリアを必要として居るんだぞ!」

 セロルナが、少し(ううんかなりかな?)怒っている。そうだね、セロルナの言う通りだよね。今はみんなに必要とされて居るんだよね。
そう信じても良いんだよね?
でもそれは、わたしが三聖女だから……なんだ。

 シャーラトの人達だって、わたしが三聖女だって知った後、手のひらを返したように大切にしてくれた。旅に出る前は、「私生児」って言ってわたしを(さげす)んだ霊士達だって、態度が変わったもん。

 三聖女……それがわたしが、みんなに認められる唯一の事なんだ。……でも、これって、わたしが三聖女じゃなかったら、誰も見向きもしてくれないって事なのかな。

 そうだよね、そうじゃなければ特に取り柄のないわたしを必要としてくれる人は居ないんだもん。わたしが三聖女で、セロルナの封印を解いたから、セロルナだって側にいてくれる。それ以上、贅沢を言うのは我が儘だよね……。

 シーンと静まり返って、みんなが沈黙を守っている。時々、炎が弾ける音が聞こえるだけ。暖かい火の前にいるはずなのに、何故か寒いなぁ。どうしてなのかな……。
みんなが居るのに、ひとりぼっちのような気がするのは、どうしてなんだろう―――


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