Novel
アグリア〜運命の女性達〜
風の章 闇の皇女 エルミア・フィンリー


風の章 エルミア・フィンリー <嵐の前日>

著者:真悠
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「ようこそ。貴女が、聖霊戦士となってもう4年になるのですね。
風霊士長はもとより、戦士長も貴女の事を殊の外、筋が良いと誉めておりましたよ。」

 ラ・リューラの言葉、これがシャーラトの人間なら天にも上がるような感じで自慢に思っていたことだろう。しかし、エルミアは、面白くなさそうに答える。

「……そうですか? 他人のためにやっているわけではありませんし、貴女からお褒めの言葉を頂くためでもありませんから。
全ては、自分の命を守るためにやっているに過ぎません。」

 エルミアの言葉に、ラ・リューラは小さく溜息を付く。

「まだ、このシャーラトから出たいと思いますか?」

 ラ・リューラは、エルミアの瞳をじっと見つめる。エルミアも、そんなラ・リューラから視線を外さない。

「…それをあたしに聞くんですか?」

 エルミアの眉が、ピクッと上がる。エルミアの言葉に微笑みを浮かべるラ・リューラ。

「そうですね。貴女の故郷は、このシャーラトでもなければ、ラトラーゼルでもない……。風の吹く処が、貴女の故郷ですものね……。」

 ラ・リューラの意外な切り返しに驚き、次には、素直に答える。

「……そう言うことになると思います。」

 エルミアの返事に、優しい微笑みを浮かべ、沈黙のあとに再びラ・リューラが話し出す。

「実は、今日貴女に来ていただいたのは、大切な話があったのです。
エルミア・フィンリー……。いいえ、真の闇の皇女たるエルミア・フィンリー・ライバート。わたくしの話を聞いていただけますか?」

 ラ・リューラの言葉にエルミアの全身が小さく震える。それは、恐ろしさや不安ではなく、自分の本当の名を呼ばれた事に対しての純粋な喜びであった。

「……あたしに出来ることでしたら……。」

 エルミアの返事に、ラ・リューラの顔に嬉しそうな微笑みが浮かぶ。ラ・リューラは、静かに口を開き、ゆっくりと話し始める。

「おそらく、貴女も聞いた事があると思います。命約(めいやく)の年と三聖女の事を…。命約の年とは、この星陰暦(せいいんれき)、乙女周期の事を指しています。そして、それに向かって世界も終わりを告げようとしております……。
それを止める手段を知っている賢者が、リオングの谷にいるというのです。」

 …そう言えば、父様と母様から聞いた事がある。至高の場所リオングの谷。
でも、そこって、選ばれた三聖女しか入れないって言う話よね?
……何だかいやーな予感がする……。

 ラ・リューラは、エルミアの気持ちを余所に話を続ける。じっとエルミアの瞳を見つめたまま―――。

「その賢者と共にリオングの谷には、水の聖女(おとめ)が眠っていると言います。そして、その水の聖女を起こせる鍵は、三聖女だけなのですが、その3人の行方はラトラーゼル、シャーラト共に未だに見出せません。」

 うわー! ますます嫌な予感が強くなってくる!

 エルミアは、ラ・リューラの話を聞きながら得も言われぬ不快な感情が沸き上がってくるのを確認する。そしてエルミアの嫌な予感は、確かに当たっていた。

「そこで……、三聖女を探し出し、水の聖女が目覚めるように手助けをして頂きたいのです。」

 大当たり!!
やっぱりこのラ・リューラは、一筋縄で行かないくせ者だわ!
冗談じゃない! 何故、このあたしが、シャーラトの手足にならなきゃいけないのよ!

 そう思ったとき、エルミアは、即返答をする。

「お断りします! あたしは、シャーラトのために働く気はありません! 
そんな事、自称シャーラトの中で優秀だって言っている戦士や霊士に頼むんですね!」

 しかし、エルミアの言葉など無視するようにラ・リューラの言葉は続く。

「勿論……貴女一人に探し出してくれなどと、無茶を言う気はありません。
貴女の他に、同じ聖霊戦士であるアスティア・カーナとマーリア・エリス。
そして、戦士の中からは、聖四天(せいしてん)である3人。
ナーザ・グレイオス、ゼーファ・ディアス、アレスナ・ファーグを同伴させるつもりです。」

 ラ・リューラの無情な言葉に、軽い目眩を感じるエルミア。

 無茶を言う気はないですって!?
総勢、たった6人で何が出来ると言うのよ! 充分無茶な事じゃない!
ラトラーゼルだって、血眼になって三聖女の行方を捜しているのよ。それも何百人という人数を使って!
それを知らないラ・リューラではないでしょうに!
……そりゃあ、あたしは、このシャーラトを出ていけるから喜んで行くわ!
でも! どうして、それにマーリアやアスティアまで含まれるの!?
しかも、シャーラト四方の守りの要である聖四天まで引っぱり出すってどう言う事!?

 エルミアの気持ちを判っているのかラ・リューラは極上の微笑みを浮かべた。

「今、わたくしが、貴女に告げた人物は、このシャーラトの中でも特に優秀な者達です。それでも、尚かつ断りますか?
エルミア・フィンリー・ライバート。貴女には荷が大きすぎますか?
……9年前、貴女はわたくし達を見返してやると言っておりましたが、それすらも出来ない愚か者と、シャーラトの人間に罵られたいですか?」

 流暢なラ・リューラの言葉に、怒りが沸々と沸き上がるエルミア。

 好き勝手言ってくれるじゃない。
貴女は良いわよ! 只命令を下すだけなんだから!
三聖女を捜し、リオングの谷に向かうと言う事はラトラーゼルの奴等とも戦うことになるのよ。たった6人で、数で掛かってくる奴等に立ち迎えって言ってる訳!?

 エルミアの身体が怒りで震え、最高潮に達しようとしたとき、紫のクリスタルが美しい輝きを放つ。そして、それと同時にエルミアの脳裏に8年前の事が鮮やかに蘇ってきた。
光の女神のように美しい女性の言葉。

 

   “運命の環わに従い、風が動き、炎が炸裂し
   大地を揺るがす……。全ては、水に誘われて……。
   運命の担い手、エルミア・フィンリー・ライバート。
   貴女の旅立ちの刻は、すぐそこに……。”

 

 そして次にエルミアが思い出したのは、青銀の光を纏ったセイルの事。
封印を解いて欲しいと言った、真剣な表情。
そして、エルミアにしか、彼の居場所が判らないと言ってくれた言葉。

 ……そうだった……。
あたしはセイルと約束したんだ。彼を捜し出し、その封印を解くと……。
それにあの光の女性も、あたしの運命と言って、南のリオングの谷と西のラトラーゼルを示したんだ。

 

 あたしの運命……。
それに向かっていけば、いつか必ず、セイルースとも出会えるはず。
あたしは、あの日誓ったじゃないの。
父様と母様の敵を討つため、どんな事をしても生き延びてやるって!
強くなって、必ず、ラトラーゼルをこの手で叩きのめすんだって!

 

 唇を引き結び、ラ・リューラを見つめるエルミア。その瞳には、迷いはなかった。

「……判りました。三聖女を探し出し、リオングの谷に送り届けます。その代わり……と言っては、何ですが、リオングの谷に辿り着いたら、あたしをこのシャーラトから解放して下さい。」

 エルミアの言葉に哀しそうな顔をするラ・リューラ。

「……貴女にとって、このシャーラトは、大層過ごしずらかった所だったと思います。
三聖女を見出した後、貴女の運命が許すのなら、わたくしは、あなたを引き留める術はありません…。」

 ラ・リューラの言葉に頷くエルミア。

「ありがとうございます。……リオングの谷へ向かうのは、いつになりますか?」

 エルミアの言葉に、ラ・リューラが静かに微笑む。

「……行く者達全てに話し終わってからになります……。リオングの谷に向けて出発するまでこのシャーラト城に滞在していて下さい。
今、貴女達の部屋を整えております。準備が出来次第、迎えの者をやります。出来るだけ、早く旅立てるよう、便宜を図るつもりです。」

 ラ・リューラの言葉に、眉をひそめるエルミア。

 最後の最後まで監視付きって訳か。仕方ないか。それで、このシャーラトを出ていけるなら安いもんだわ。

 エルミアは、溜息を付いてラ・リューラに軽く会釈をし星の間を出て行こうとした。

「………エルミア? これだけは、覚えておいてください。貴女は、この旅立ちで貴女だけの故郷(ふるさと)を見出す事が出来るでしょう。
その時にこそ貴女は、何の隔たりもなく全てを手に入れる事が出来るでしょう。」

 ラ・リューラの言葉にエルミアが振り返る。

 あたしだけの故郷?
それを見出したら、全てを手に入れる事が出来るって、どう言う事?

 ラ・リューラにその言葉の意味を聞き返そうとしたとき星の間にノックの音が響く。
ラ・リューラはそのノックに答える。

「お入りなさい。アスティア・カーナ。マーリア・エリス。」

 ラ・リューラの言葉に、扉がゆっくりと開かれる。エルミアは、小さく首を左右に振って、出口へと向かう。

 ちょうど、エルミアが出るときにマーリアとアスティアが入れ替わりで星の間に入ってきた。そして、その後ろには、火霊士長と女戦士長のエディーラ・マーフィンの姿がある。
目ざとくエルミアの姿を見つけるマーリア。


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