Novel
アグリア〜運命の女性達〜
風の章 闇の皇女 エルミア・フィンリー


風の章 エルミア・フィンリー <反魂>

著者:真悠
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 シャーラトに来てもう5年も経つ。あたしも12歳になった。
でも……未だにこのシャーラトに馴染めない。
まあ、当たり前かしら?
あたしもシャーラトを受け入れようとしないし、シャーラトもあたしを異端視(いたんし)扱いしてるもの。あからさまな侮辱、態度。それはもう、慣れたわ。

 

 4年前、セイルースと戦って、自分の非力さを再認識した。風霊士の訓練を毎日欠かさず、そして、剣の稽古。でも、剣だけは、感覚が判らない。
上達してるのか、それとも全く下手になったのか。仕方ないのかな。
この5年というもの、人と剣を交わしてないんだもの。
でも一人で剣を使うのは、そろそろ限界が来ている。

 かといって、マーリアには頼めないし……。
マーリアだって、あたしが夜中こっそり剣の訓練をしているなんて知らない事だわ。

 このシャーラトで、あたしが剣を使うことを知ってるのは、多分月聖女(げっせいじょ)だけ。

 この5年の中で、月聖女も交代するのだと言う事を知ったわ。夜のシャーラトを守り、月の光によって敵を見つけだす。
昼間は、塔から外に出ることも許されず夜になって、外に出ても、誰とも交流を持てない。そして、初潮を迎えると、次の月聖女と交代しなければならない。

 光であるはずのシャーラトは、そんな幼い少女の犠牲の上に立っている。
どうして……人は、小さな犠牲を糧にして生きていくのだろう?
光と闇って一体どういう差があるの?

 ぼんやりと考え事をしていたエルミアの耳に、騒がしい声が窓から聞こえてきた。

 そう言えば、シャーラト全体が騒然としている。何なの? もう夕刻になると言うのに……。

 エルミアは、そっと窓を開け、外の様子を伺っていた。どうやら何人かの戦士の遺体が、ゆっくりと運ばれてきた様子である。

 何だ、馬鹿馬鹿しい。
 戦いがある以上、人が死ぬのは当たり前じゃない。

 そう思って、窓を閉めようとしたエルミアの耳に一人の戦士の名前が聞こえる。

「リグット!!」
「父様ぁぁぁぁ!!」

 泣き叫ぶような声が響き渡る。その名前に覚えのあるエルミアは、思わず驚愕を隠せず振り向いた。

 リグットって……あの戦士長補佐のリグット・カーナ!? あの雄々しい戦士なの!?
そうよ、5年前、シャーラト城の大広間で出会ったあの人!!
嘘よ! 彼ほどの優秀な戦士を殺せるような人間なんか、今のラトラーゼルにはいないはずだわ。まさか、セイルースと戦ったの!?

 思わず部屋を出て、霊士宮を出て行くエルミア。シャーラト全体が悲しみに沈んでいるため、エルミアが顔を出しても誰も気が付かない。

 ちょうどエルミアが霊士宮を出た頃、リグット・カーナの遺体は、噴水の前に運ばれていた。その遺体を囲んで、全ての戦士達が悲しみにくれていた。
戦士長ラステート・エヴァンでさえ悔し涙を流している。
リグットの遺体にすがりついて泣いているアスティア・カーナとパリトゥの巫女であるセティーラ・リムラ・カーナ。
そして、シャーラト城の入り口では、星巫女達も泣きふせっていた。

 エルミアは、フウッと全身の力が抜け霊士宮の入り口の柱に寄りかかる。
今のリグットからは、雄々しい戦士の面影など微塵もなかった。

 

 ……信じられない……。
あたしには、何の関わりもないはずなのに、このショックは何?
リグット・カーナの死が、余りにも痛ましくて、余りに急で……。

 

 エルミアもリグットの死を知って、とんでもないショックを受けている自分に気が付いた。

 あたしでさえ、強かにショックを受けているんだから、彼を良く知っている人達の哀しみは……計り知れない。……残された彼の家族は……。
肉親と死に別れた時の無念、悲嘆、憤り……。言い表す事の出来ない辛さ。あたしもそれを知っている……。

 ズキンと胸が痛む。のどの奥がカラカラに乾いていく。
リグット・カーナの死。それは、エルミアにも激しいほどの衝撃を与えた。
そして、それが何故なのかエルミア自身も判っていないことであった。

 

 その夜――リグット・カーナの告別が、シャーラトの大神殿でしめやかに行われた。哀しみに包まれるシャーラト。
近隣の街や村からも、リグットの死を(いた)み、様々な人達が来ていた。
それらはリグットの人望であろうか?
霊士宮の霊士達も、皆出払っているのか静まり返っている。
エルミアは、霊士宮の自分の部屋にいた。

 黙ったまま、窓の側で戦士宮と大神殿を見つめている。
ふと、エルミアの耳に鎮魂歌(ちんこんか)が聞こえてきた。始め大神殿からのものかと思ったが、どうやら外で謳われているようである。

 

 ……誰なの?

 エルミアは思わず窓から身を乗り出して、鎮魂歌を謳っている人物を捜していた。
その歌は、風に乗ってどこからか聞こえてくる。
すっかり夜の帳に隠れているため、誰が謳っているのか、判らずじまいである。

 例え……鎮魂歌を謳っている人物が誰であれ、リグットを失った深い悲しみが、伝わってくる。

 その鎮魂歌を聴きながら、今更ながら、ラトラーゼルの残虐さに抑えきれない怒りを感じる。

 彼ほどの戦士を倒せるだけの人間がいるなんて!
一体誰にやられたのだろう? まさか……セイルース?
…ううん、あいつとやり合ったとしたら、あんな綺麗なままで戻ってくる訳がない。
あいつは、そんな優しさなんて持ち合わせていないのだから。では一体誰が……?

 エルミアは、リグットがシャーラトに戻ってきた状態を思い起こしていた。
確かに遠目でしか見えなかったが、リグット・カーナの遺体は、致命傷と思われる傷が見当たらなかった。

「あ……!!」

 不意にエルミアが思いついたように声を上げる。

 まさか……毒……!?
 毒を思いのまま操れるのは魔導士共だわ!
 ……剣の傷は確かにあった。
 剣に毒を塗って、その効き目を試したの?
 そんな事するのは…女魔導士のマテェーラしかいない!

 エルミアは、思わず立ち上がった。が、次には大きな溜息を付き、首を左右に振る。

「……それを知ったからって、どうなるの? 彼の家族にそれを教えても、彼が生き返るわけではないわ……。ますます哀しみをつのらせるだけ……。」

 あたしは、何も出来ない……。せいぜい出来ることと言ったら、沈黙することだけ…。

 エルミアは、悲しげな表情で、夜空を見上げた。

 

 大いなる神々よ、貴方達が本当にいるというなら、彼の……リグット・カーナの魂が、あたしの父様や母様のように闇の手に掴まったりしてないように……。
闇に犯されることなく、貴方達の元へ逝けることを望みます。


 リグット・カーナの死から数日後。エルミアは、偶然アスティアの姿を月聖女の塔の近くで見つけた。エルミアの姿など目に入っていないようで、まるで幽鬼のように生気のかけらすら見受けられなかった。

 ……あたしも、父様と母様を失った時、あんな感じだったのだろうか?
 どんな形であれ愛する者を失った哀しみは、計り知れないものね……。
 ……でも、早く気が付けばいいのに……。
 自分で哀しみを癒すしかないんだって……。

 アスティアの姿を見送りながら、エルミアがキュッと唇を噛む。


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