Novel
アグリア〜運命の女性達〜
流星の章 巫女戦士 サーフィア・ル・エルン


流星の章 サーフィア・ル・エルン <死別>

著者:真悠
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 セイルースはエルミアの姿を見つけると、両手から、暗黒の超常力を倍増させる。
次の瞬間、エルミアに無数の暗黒の刃が降り注ぐ。

「チイッ!!」

 ジェスルは、舌打ちをしながら、エルミアを抱え、その暗黒の刃からエルミアを守る。

 まずい!
セイルースは自分を傷つけたフィンを何としてでも殺すつもりだ!
今までのセイルースではない!
手負いの獣のように剣も魔導力も私やジェスルの叶うものではない!
私とジェスルは、フィンを守るために必死である。

「フィン! お逃げなさい!! 此処は、父様と母様でくい止めるから!」
「その通りだ! 此処はシャーラトの領域だ! 走っていけば、必ずシャーラトの戦士に出会うはずだ!! お前だけでも逃げろ!! 行け! フィン!!」

 ジェスルは、エルミアを突き飛ばし、その場から遠ざけようとする。

「嫌だ!! 父様と母様の側に居るっ!! フィンも戦う!!」

 エルミアは、そう叫ぶと、激しいほどの風をセイルースに叩き付ける。
が、セイルースはその風を右手の一振りで、収束させる。

「……美しい親子愛か……? そのガキだけを逃がすような事はしない!! 貴様等まとめてぶち殺してやる!」

 狂気の笑い声と共に、激しいほどの邪悪な超常力が、3人を襲う。
その攻撃は、バラバラにいた3人を同時に襲ってきた。

 激しいほどの魔導にジェスルは樹に、サーフィアは大地に、エルミアは瓦礫にそれぞれ叩き付けられた。

 エルミアは、唇を切ったようで、一筋の血が流れている。
が、エルミアは素早くその血を拭うと、強かにセイルースを睨み据えて、風の聖霊の超常力を使う。

「ダメよ!! 今のセイルースには、貴女の超常力は通用しないわ!!」

 サーフィアがそう叫んだ瞬間だった。
エルミアの超常力を収束させ、更に倍増させたセイルース。
その恐ろしいまでの超常力をエルミアに叩き付ける。
そして、エルミアの身体が、再度瓦礫に叩き付けられる。

「フィン!!」

 ジェスルとサーフィアは、同時に飛び出した。

「……クックククククク……ようやく出てきたか!?」

 セイルースはそう言うと、ゆっくりと大地におり立つ。
その下には、瓦礫に叩き付けられて全身を震わせているエルミアが居た。
セイルースは、ぞっとすような笑みを浮かべ、立ち上がろうとしたエルミアの背中を踏みつける。エルミアは、その口から血を吐き出す。

「セイルース!!」

 ジェスルが、セイルースに超常力を叩き付けるが、セイルースはそのマントでジェスルの超常力を跳ね返す。
自分の超常力と、セイルースの超常力が加わって、その爆風にあおられ瓦礫に叩き付けられるジェスル。

 運悪く背中に当たった瓦礫がとがっており、そこに背中を叩き付け、背中を血で染めていた。

 セイルースは暗黒の剣を鞘から抜き放ち、足下のエルミアに向ける。

「……この俺を初めて傷つけたのが、貴様のようなガキだとはな! 貴様から先に血祭りに上げてやるっ!!」

 セイルースの剣の切っ先が、エルミアに向かう。
血の気が無くなり、真っ青になっているエルミア。
その2人の姿を見て、全身がカッと熱くなるサーフィア。

 

 許さない!! これ以上ジェスルを傷つける事も、フィンを殺す事も!!
私の愛しい2人をこれ以上苦しめさせたくない!!
守ってみせる!!
あの2人だけは!!

 サーフィアは、自分の気を溜め込んだ剣をセイルースに投げつける。
不思議な事に、その剣だけは、セイルースの超常力にも屈する事無くセイルースの元に飛んでいく。

「何だとっ!?」

 セイルースが苦虫をかみつぶしたような顔で、その剣を避ける。
その隙にエルミアを守る風の聖霊達が、エルミアを救い出し、安全な場所にエルミアの身体を運ぶ。

 それを確認したサーフィアが、エルミアとジェスルに美しいほど優しい微笑みを浮かべる。

 そして、丸腰になったサーフィアは、何を思ったかセイルースに向かっていく。

「やめろぉ!! サーフィア!!」

 ジェスルの絶叫が響く。
セイルースがサーフィアの行動に目を丸くして驚いている。

 

 ジェスルとフィンを守るためなら、私は、この命を懸けるわ!

 ……不思議な事に、シャーラトの思い出ではなく、ジェスルと出会ったあの日から、今日までの事が、鮮明に浮かんでは消えていく。
それはまるで、走馬燈のようだった。鮮やかに、甘やかに……。
その中を元気に走り回っているフィン……。
私の命より大切な最愛のジェスルとフィン。
三人で笑い合っていた日々が、懐かしく過ぎ去っては、浮かんでくる。

 フィン……私の愛しい娘。
いつまでも貴女の成長を見守っていたかったわ。
あどけない貴女をずっと見つめていたかった。
……でも……母様は、これで貴女とお別れよ……。

 ……そして、ジェスル……。
私のたった一人の愛する貴方……。
貴方への愛は、永遠に変わらないわ。
貴方に出会って、私は全ての幸福を味わったわ……。
ずっと共に生きると言ったのに……先に逝く私を許してね……。
愛しているわ。貴方を……。

 

「母様―――!!」
「サーフィア―――!!」

 

 サーフィアは、巫女戦士として、生涯一度だけ使える超常力をセイルースに向けて放った。
自己犠牲で星巫女やラ・リューラを救うための超常力……。
自らの身体を爆発させ、敵を巻き込みとどめを刺すためだけの奥の手。

 セイルースを巻き込み、サーフィアの身体が、爆発によって粉々になっていく。
激しい曝炎が巻き上がり、空から深紅の雨が降り注ぐ。
呆然としてその光景の中にいるジェスル。
そして狂ったように泣き喚くエルミア。

 この深紅の雨は……まさか……!
さっき、俺とフィンに語りかけてきたのは……サーフィア…お前なのか?
空から落ちてくる何かの欠片(かけら)……。

 ……嘘だ……信じないぞ!! お前が先に逝くなんてっ!!
サーフィア!! お前は俺に言ったはずだっ!! 俺と共に生きると!!
この仕打ちはなんなんだ!?

 

 愕然となり、大地に片膝を着くジェスル。
もうもうと立ちこめる煙の中に人影を見つけるジェスル。
ジェスルの表情が、途端に険しくなる。
音もなく剣を抜き放つジェスル。
煙が収まると、その人影がはっきりと映し出される。

 

「貴様……!! サーフィアの超常力で倒れたんじゃないのか!?」

 ジェスルの言葉に不気味に笑うセイルース。

「……たかが、あんな超常力ぐらいで、この俺を殺せない事は、貴様が一番承知の上だろう……?
クックック……あの女も無駄死にだったって事だな……? あの女が恋しいだろう?
貴様等2人もあの女の居る冥府に送ってやるよ!!」

 セイルースは、そう言うと、漆黒の剣を抜き放つ。

 セイルース!! 貴様だけは、絶対に許さん!!
俺とフィンからサーフィアを奪った罪! 貴様の命で償わせてやる!!

 ジェスルから、見事な紫のオーラが立ち上る。
それと同時にジェスルの持っている剣が、淡い紫に輝く。

「!?」

 セイルースは、その変化に驚いている。
ジェスルから発するオーラは、セイルースの魔導を封じ込めていた。
互いの剣も互角である。激しく斬り合うジェスルとセイルース。

 互角であった、2人の戦いの勝敗を決めたのは―――エルミアであった。
エルミアは、ジェスルを助けようと、風の超常力をセイルースに放った。
セイルースは、その風の超常力を舌打ちしながら受け止め、エルミアに対して、何倍もの超常力で叩き返す。
血だらけになって大地に倒れるエルミア。
その姿に一瞬我を忘れたジェスル。

 隙の出来たジェスルを放っておくほど、甘い相手ではない。
セイルースの漆黒の剣が、ジェスルの心臓を一突きする。

「!!」

 血が、心臓から逆流してくる……。
生暖かく嫌な感じが、身体中を駆け巡る。
不意に心臓から、剣が抜かれ、俺の身体は前に倒れていく。
止められない……。

 倒れると同時にセイルースの剣が、俺の首を切り裂いた。
目の前が、真っ赤に染まる。
気管に逆流した血が入り、あまりの苦しさに吐き出した。
全身に巡るはずの血が、出口を求めてバタバタと滝のように零れ落ちる。

 

 ……気が遠くなる……。俺は死ぬのか……?
なんの目的も果たせず、サーフィアの敵も取れず……。
フィンを一人にしてしまうのか……?

「嫌だ!! 父様――!!」

 死にかけたジェスルを辛うじて引き戻したのは、エルミアの泣き叫ぶ声だった。

 フィン……逃げろ!!
こいつの意識が俺に向いているうちに……!!
お前まで死んでしまったら、俺はサーフィアに申し訳が出来ない!!
必死にフィンに叫んでいたが、聞こえないらしい。
喉には血が溜まり、それが邪魔して、言葉にならないのか……!
再びセイルースの剣が、俺の心臓を突き刺す。
そして……フィンが泣きながら俺の側に座り込んだのとセイルースの剣が、俺の心臓から抜かれたのと同時だった。

「父様っ!! 逝かないで!! フィンを一人にしないでぇぇぇ!!」

 ……フィン……俺とサーフィアの愛しい娘。
お前を守りきれなかった俺達を許しておくれ……。
俺の身体にしがみついて泣きじゃくるフィン。

 ジェスルの震える手が、エルミアの頭を撫でる。
一瞬エルミアが泣きやみジェスルの顔を見つめる。

「……父様……?」
「フ……ン。クックックック……まだ生きてるのか? さすがにしぶといな!!」

 セイルースの声にフィンが上を見上げて真っ青になっている。
奴がどうやら俺にとどめを刺そうと、背中に剣をかがげて居るらしい……。
このままでは……フィンを守れない!
俺の剣は……どこだ……!?

 相打ちになっても良い! フィンを守らなければ……!
殆ど感覚の無くなった俺の虚ろな手が、剣を求めて大地を這う。

 俺の指先に何かが当たる……。剣か……?
剣…じゃない……これは……。
まるで……誰かの指先のようだ……。
まさか……? この感覚は……サーフィア……?
……ああ……そうだ……!
これは、サーフィアの左手だ……!

 

 ジェスルの手は、迷わずサーフィアの左手を握りしめていた。
バラバラになったはずのサーフィアの左手は、ジェスルを待っていたかの様にジェスルの手の中に収まる。

 サーフィアと出会った事が、つい昨日のように思い出される。
俺にとって、一番幸福で、満ち足りていた刻――。
愛する者が、俺の傍らにいた充実した日々。
俺と出会って、俺に屈しなかった只一人の女。
サーフィアの激しさ、脆さ、優しさ……
そして、あの美しさが手に取るように思い出される。

 俺の短い人生の中で、大きな希望を与えてくれたサーフィアとフィン。
俺に愛することを教えてくれた2人……。
俺が本気で愛したサーフィアも、今はもう居ない……。
だが、俺にはまだフィンが残されている……。

 サーフィアが命を懸けて守ったフィン。
……まだ死にたくない……死ねないんだ!
だが……身体がもう動かない……! サーフィア!!

 サーフィアの左手を強く握りしめた俺の目に最後に微笑んだサーフィアの姿が見えた時……俺は、抗うのを諦めた……。

 

 そして、フィンの絶叫と共に俺の背中にセイルースの剣が突き刺さり……俺は一生を終えた……。

 

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――!!」

 

 ジェスルから溢れる血が、エルミアの小さな手を深紅に染め上げていく。
ジェスルの遺体を前にして、呆然と座り込むエルミア。

「クックック……さんざん手を焼かせたが、次は貴様の番だ!! 2人の後を追わせてやるっ!!」

 ジェスルやサーフィアの血を吸って黒光りしている甲冑。
セイルースは、ジェスルの血を吸った漆黒の剣をペロリと舐め、狂気に満ちた目でエルミアに狙いを付ける。恐怖に満ちたエルミアの顔。

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」

 

 フィンが叫んだのと、青銀色の光がフィンを包み込んだのとほぼ同時だった。
光の大爆発!! 以前、ラトラーゼルを脱出するために、フィンが発揮した超常力とは比べものに成らない凄まじさ!

 ジェスルとサーフィアの魂は、エルミアの事が気懸かりで、その場に残っていたのだ。

 この光は、創世の光だ!
魂となった我等にすら、痛みとなって感じる。
これをまともに食らっているセイルースは、死にはしないもののかなりの痛手を被っているに違いない!
だが、この光は一体何なんだ?
青銀色の光は、まるで意思があるかのようにフィンを包み込んでいる。
敵意は感じないが……。
俺達のフィンは、一体どうなってしまうんだ?

 

『フィンは……大丈夫よ……ほら……。』

 サーフィアの魂が、静かに指を指す。
サーフィアの指さす方を見ると、青銀色の光が、エルミアの身体に付いた傷を治したあと、静かに大地に座らせる。
放心状態で瞳の焦点が合っていないエルミア。

 そんなエルミアを見つけだすシャーラトの戦士達。
その中の一人は、ジェスルも顔を知っているシャーラトの戦士長であった。
しかし、シャーラトの戦士達は、エルミアの姿を見つけるなり、剣を抜き放つ。

『!! やめろ!! フィンは何もしていない!
いくら闇が憎いからと言って、何もしていないフィンまで殺そうというのか!?』

 止めようとするジェスル。
サーフィアは、そんなジェスルを止めた。

 そして、エルミアを斬ろうとした戦士達を止めたのが、戦士長ラステートであった。
戦士長は、悔しそうな顔をしながら、エルミアを抱き上げる。

「戦士長! その子供をこの場で殺すべきです!! こいつは闇の混血です!!」
「黙れ!! サーフィアの忘れ形見であるこの娘を殺すと言う事は、ラ・リューラ様の命令に背く事になるのだぞ!! 余計な口出しをするなっ!!」
「し、しかし……!」

 戦士長の一喝に狼狽(うろた)える戦士達。
戦士長は、ジロリと戦士達を睨み付ける。戦士達は、その迫力に黙り込む。

『……ああ、そうか俺達の親書は、ラ・リューラの元に届いたんだ……。
フィンのこれからの事を思うと、心配ではあるが、フィンは一人で生きて行かなくても良いのか……。ほんの少し……安堵できる……。』

 戦士長は、放心状態のエルミアを抱きかかえたまま、ジェスルの遺体に敬礼する。
そして、その近くで光っていたジェスルの剣を見つけ、左手にエルミアを抱え、右手にジェスルの剣を持ったまま、シャーラトに向かっていく。

 その様子を哀しそうな顔で見送っているジェスルとサーフィアの魂。

 

 私達の可愛い娘フィン……。
貴女は、これからシャーラトで辛い目に遭うかも知れない、でも、お願いだから、どんな事にも挫けないでね……。
貴女を最後まで守って上げられなかった、無責任な私達を恨んでいるでしょうね……。
深い傷跡を貴女に残したまま逝きたくはなかった……。

 出来ることなら、貴女をもう一度抱きしめて、私とジェスルがどれほど貴女の事を愛しているか伝えたかった……。
私達の希望……私達の光……。

 

 ……闇と光の間に生まれ、大いなる運命のいたずらに翻弄される俺達の愛娘……。
いつまでもお前の事は忘れない……。本当に愛していたよ……。
俺達の何よりも大切な、愛しい娘……。
身勝手かも知れないが、どんな辛さも乗り越えていって欲しい……。


 2人の廻りに深淵の闇が忍び寄る。2人の意識が、朦朧としてくる。
深淵の闇が、ゆっくりとジェスルとサーフィアを覆い隠していく。
抗うこともせず、互いの手を取り合うジェスルとサーフィア。
深淵の闇の咆哮が、2人の耳に聞こえてくる。
それは、まるでジェスルとサーフィアを取り込める事を喜んでいるようであった。

 

 例え……深淵の闇に取り込まれようとフィンを思う気持ちだけは、忘れない。
……そして、この世の中で最愛のジェスル。
貴方と共に、この深淵の闇に堕ちていけるなら、何も怖くない……。
ああ……だんだんと意識が薄れていくわ……。
深淵と混沌の闇の中で、いつまであの子を思っていられるのかしら?

 

 サーフィア……どんなに俺達が闇に呪縛されようとも夢を見る事は出来る……。
恐れなくても良い……我々には、フィンという光があるのだから……。
いつか、俺達の娘が、闇の呪縛を払ってくれる……。

 

 暗黒の闇が、私達を完全に取り囲んだ。
闇の咆哮が、一際大きく唸り出す。それと共に嘲笑が聞こえた。
……何も怖くない……何も恐れない……。
いつか来るその日まで……2人、闇の中で眠りましょう……。
愛しいフィンの夢を見ながら……。

 

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