Novel
アグリア〜運命の女性達〜
流星の章 巫女戦士 サーフィア・ル・エルン


流星の章 サーフィア・ル・エルン <出産と離反>

著者:真悠
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 ジェスルの腕から降り立った、エルミアの姿に真闇の戦士達が歓声を上げる。
エルミアは、歓声を上げた真闇の戦士達を一瞥した。
その眼差しは、ジェスルにそっくりであった。
思わず息を呑み、緊張する真闇の戦士達。
サーフィアもエルミアの態度に驚いて、右手を口許に持っていく。
ジェスルは、見越していたのか、唇の端で静かに微笑んでいる。

 やがて、エルミアは、一人一人の真闇の戦士達の顔を覗き込み、物珍しそうにその顔や、身体に触っている。

 フィンは一体どうするのかしら?
……真闇の戦士達は、フィンをどう受け止めるのだろう?
ジェスルは、心配ではないの?

 心配そうな顔で、ジェスルの顔を見つめるサーフィア。
それに気が付いた、ジェスルは、サーフィアの肩を抱きしめている。
やがて、全ての真闇の戦士達の顔を覗き込んだエルミアが、ジェスルとサーフィアの側に近寄ってきた。

 そして、再び真闇の戦士達を振り向く。
真闇の戦士達も、思わず姿勢を正した。

 エルミアが、ニッコリと無邪気な微笑みを真闇の戦士達に向ける。

「……とーさまを守ってくれて、ありがとう。あたしは、エルミア・フィンリー。今日からあなた達にお世話になるからね。」

 エルミアの言葉に、呆然としていた真闇の戦士達も一斉に歓声を上げた。

「おお! さすがは、我等が敬愛するジェスル・アラノ様の御子!」
「我等に怯えることなく、堂々たるその態度!」
「そのお美しいまでに希有な姿! 我々は、次代のアラノに忠誠を尽くします!」

 真闇の戦士達の歓声に、エルミアもキャッキャッと声を挙げて笑っている。
その仕種も真闇の戦士に受けているようだった。

 その様子を見ていたジェスルが、微笑みながら、溜息を付いた。

「やはりな……。真闇の戦士達なら、フィンに落ちるとは思っていたが、まさかこれほどとはな……。」

 ジェスルの言葉にサーフィアが、呆然としている。

 確かにジェスルから聞いてはいたわ。
真闇の戦士というのが、このラトラーゼルの中でも珍しい存在だって。
真の闇の戦士。
これだけの人材が、集まるというのは、ジェスルの人徳かも知れない。

 闇のラトラーゼルにありながら、強い光を放っている。
邪悪さが渦巻くこの中で、ジェスルを初めとする彼等は、その邪悪さに染まっていない。
……でもそれは、逆を言えば、とても辛い事ではないのかしら?

 聖なる光が渦巻く、この空間でも平気だと言う事は、彼等も根源は光に近い。
裏切りの渦巻くこのラトラーゼルの中で、ジェスルだけに忠誠を誓っている真闇の戦士達。

 彼等を見ていると、闇と光って、一体何なのかしらと思ってしまう。
只、人の外見のみで、光と闇を区別しているシャーラト。

 ―――もしもこれで、シャーラトでフィンを産んでいたとしたら、どうなっていたのかしら?
多分、フィンは、秘密裏に殺されていただろう。
こんな、穏やかな時を味わうこともなかったはず……。

「……サーフィア? どうした?」

 考え事をしていたサーフィアの耳にジェスルの声が響く。

「え? ……あら? 真闇の戦士達は?」
「……もう戻ったよ。明日から、フィンを守るんだって、次代の真闇の戦士達が喜んでいた。……何を考えていたんだ?」

 はしゃぎ疲れたのか、エルミアもジェスルの腕の中で、寝息を立てていた。
サーフィアは、そんな愛しい娘の姿を見ながら優しく微笑んだ。

「ごめんなさい、シャーラトとラトラーゼルの事を考えていたの。フィンをベッドに連れていきましょう?」

 サーフィアの言葉に、ジェスルは、自分の腕の中にいるエルミアを見つめる。

「……ふふ、随分大きくなったな。……そのうちこんな風に抱き上げる事も出来なくなってくるな。」

 そう言ったジェスルの顔は、とても優しいものだった。

 ベッドに横たわった、エルミアの寝顔を飽きずに見ている二人。

「……お外……に……。」

 エルミアの小さな寝言に、悲しそうな顔をしているジェスルとサーフィア。
ジェスルが、サーフィアの顔を見つめる。

「……フィンにしても、お前にしても、窮屈な生き方を強いているよな……。
……帰りたいか? シャーラトに……。
帰りたいというなら……何としてでも帰してやる。」

 ジェスルの言葉に、サーフィアの瞳に涙が光る。
首を左右に振って、ジェスルの言葉を否定する。

「帰りたいなんて思った事無いわ!! 私は、貴方と一緒に生きていきたいの!
それなのに、どうして、そんな事言うの!? 私やフィンが邪魔になったの!?」

 サーフィアの言葉に、力無く首を左右に振るジェスル。

「そうじゃない! ……お前達2人が居なければ、俺の存在価値はない!
……だが、だからといって、お前やフィンの自由を縛り付ける権利は、俺にはない……。」

 ジェスルの言葉にサーフィアの瞳から、涙がこぼれ落ちていた。

 闇の王とは思えない優しい言葉。
本当の意味で、慈しみという言葉を知っているジェスル。
でも、私は、どんな事になっても、貴方と離れたくないの!
貴方にとって私達が存在価値であるように、私にとっても貴方が唯一絶対のものなの!

 サーフィアは、ジェスルに抱きついていた。

「間違えないで! 私にとっての幸せは、貴方が居る事なの! 
貴方と共に生きていくことが、私の唯一の願いなの。
……だから、お願いだから、そんな悲しいことを言わないで!」

 サーフィアの言葉に、ジェスルが、無言でサーフィアを抱きしめた。

 

 そして、2ヶ月があっと言う間に過ぎた。
エルミアは、ジェスルや真闇の戦士達に守られながら、ラトラーゼル内を走り回っていた。

「ねぇねぇ、とーさま! ジース! あれなぁにぃ!?」

 大きな暗黒の像を指さしながら、ジェスルと真闇の戦士に尋ねているエルミア。
ジェスルは、その像を睨み据えながら、静かに答える。

「……あれは、このラトラーゼルの神の像……。人の怨念と欲望が渦巻いているところだ。お前が行く場所ではない。」

 ジェスルに止められ、ふてくされるエルミア。

「! 危ない! エルミア様! ジェスル・アラノ様!」

 一緒にいた真闇の戦士が叫ぶ。
エルミアめがけて、剣が飛んできたのだ。
その真闇の戦士は、素早く剣を抜き放ち、2人の前に立ち、その剣を跳ね返す。

ガキーン!!

 凄まじい物音を立てて、剣が勢いをなくし、床に転がり落ちる。

「ジース! けがしてるっ!」

 エルミアが咄嗟に叫び、ジェスルの腕をすり抜け、ジースの側に駆け寄っていく。

「大丈夫か? ジース!」
「だ、大丈夫です。お二人ともお怪我はありませんか!?」

 ジースの言葉に、ジェスルが頷く。しかし、エルミアが怒りだした。

「ばかぁっ! フィン達の事なんて、どうでも良いの! けがしてるのはジースじゃないっ!」

 エルミアは、グシグシと泣きながら、怪我をしたジースの左腕を手当している。

「も、勿体ない! おやめ下さい! エルミア様! こんなのかすり傷です!」

 ジースは、慌てている。ジェスルが溜息を付きながら、ジースに話しかける。

「……今の剣先に毒が塗っていたら、お前の命がなくなるんだぞ。フィン……エルミアは、それを心配してるんだ。我々を守ってくれるのはありがたいが、無茶はするな。」

 ジェスルの言葉に、ジースは、呆然としていた。

「は、はい。申し訳ございません。」

 このジースという真闇の戦士は、今年18歳になったばかりで、真闇の戦士達の中では、一番の最年少である。
エルミアは、年齢の近いこのジースに一番なついていた。

「……申し訳ありません。剣を投げつけた者、取り逃がしてしまいました。」

 もう一人の真闇の戦士が、ジェスルの前に跪く。

「ギョーリストでも、追い付けなかったの?」

 エルミアがきょとんとしながら、尋ねている。

「は、申し訳ありません。すぐに追いかけたのですが……。」

 ギョーリストが項垂れる。

「……まあいい。命に別状はない。そう悔やむ事もない。そろそろ、奴等も必死になってくる頃だろうと思っていたからな。」
「奴等……とは?」

 ジースの言葉にジェスルが微笑む。

「馬鹿者! ジェスル・アラノ様に対して、なんて言う言い方だ!」

 ギョーリストが慌てて、ジースを叱りつける。

「も、申し訳ございません!!」

 ジースは、慌てて跪いた。エルミアは、その様子にクスクス笑っている。

「ダメだよぉ。ギョーリスト。ジースの事をそんな風に言っちゃ。ジースは、フィンを助けてくれたんだから。」

 エルミアの言葉にジースが真っ赤になっている。ギョーリストが呆れたような顔をしてジースを見ている。
エルミアは、じーっとギョーリストを見つめる。

「な、何か? エルミア様?」
「ねえ、ギョーリストって、かなり強いんだって? サムエルや、ファーゴが言ってたよ?」

 エルミアの言葉に首を横に振るギョーリスト。

「と、とんでもございません。ジェスル・アラノ様やサムエル様に比べたら、とんでもない未熟者でございます。」

 ジェスルは、エルミアに笑顔を見せる。

「……良く覚えていたな。……どうだ? エルミア。ギョーリストに剣を教えて貰うか?」

 ジェスルの言葉に、満面の笑顔で頷くエルミア。

「うん!」
「ジェ……ジェスル・アラノ様!? 何を申されます!?」

 慌てたギョーリスト。

「エルミアが、望んでいる事だ。ギョーリスト、我が皇女に基本で良い、剣を教えてやってくれないか?
そなたの強さは、この俺も認めているところだ。」
「あ、は、はい! ジェスル・アラノ様の仰せであれば……!」

 顔を紅潮させ、嬉しそうな顔をしているギョーリスト。

「さて、エルミア? 今日は、このぐらいにして、母様の待つ部屋に戻ろう。きっと母様が心配して居るぞ。」

 ジェスルは高々とエルミアを抱き上げた。少し不満そうな顔をしているエルミア。

「……とーさまは?」
「……父様は、これから、魔聖堂に行かなければならない。母様と待っていられるだろう? ジース、エルミアを部屋まで送ってくれ。
ギョーリスト、明日から、エルミアの剣の訓練を頼む。」

 ジェスルは、2人の真闇の戦士にそう言うとエルミアをジースに預ける。

「とーさまぁ、すぐに戻って来るんでしょー?」

 エルミアが、心配そうにジェスルを見つめている。
ジェスルは、エルミアの艶やかな銀髪を撫でながら笑顔を見せた。

「勿論だ。心配しないで、待って居るんだよ。」
「うん!」

 エルミアの笑顔に、ジェスルも笑顔を浮かべる。その後、ジースに頷き合図をする。

「はい。では、エルミア様を必ず送り届けます。……エルミア様、失礼いたします。」

 ジースはそう言うと、エルミアを抱きかかえジェスルに一礼する。
ジェスルが頷くと、ジースは、エルミアを抱きかかえたまま、空間転移していく。

 エルミアとジースが、消えたのを確認するように、サムエルがジェスルの前に現れる。

「……ジェスル・アラノ様。」

 サムエルの言葉に、ジェスルが軽い溜息を付く。

「……判っている。……やはり動き出したか。」
「……セイルースとゼリアデラが結託したわけではなさそうですが、充分お気をつけた方がよいかと思われます。」
「……行くぞ。サムエル、ギョーリスト。」
「はっ!!」

 2人は、深々と頭を下げるとジェスルの後を付いていく。

 

 一方、エルミアは、ジースに抱きかかえられ、第5階層にある聖なる部屋に辿り着いていた。

「かーさまぁ♪」

 エルミアの声に、サーフィアが笑顔で向かえる。

「お帰り、フィン。何ともなかった?」
「フィンは、何ともないよ。ジースがね、フィンととーさまを庇って、怪我したの。」

 エルミアの言葉に、ジースを見るサーフィア。彼の左腕には、いびつな形で包帯が巻いてあった。慌てて、それを隠そうとするジース。

「フィンなのね、この巻き方? 見せてちょうだい。」
「あ、いいえ、何ともありませんから……。そ、それにジェスル・アラノ様の側にいなければなりませんから。こ、これで失礼します!」

 慌てるジースにサーフィアの(げき)が飛ぶ。

「馬鹿言ってないで、とっとと見せろって言ってるの! 怪我をした貴方をわざわざフィンを送らせる為だけにジェスルが命じたとでも思っているの!?
貴方は、仮にもジェスルの真闇の戦士でしょう! グズグズ言ってないで腕を出しなさい!!」

 サーフィアの檄に身体を硬直させ、言われたとおりに左腕を出すしかなかった。

 サーフィアは、手早くジースの手当をする。
エルミアは、側で、その手当の仕方を熱心に見ている。

「さあ、これで良いわ。……ジェスルとフィンを助けてくれた事、ありがとう。
でも! 無茶はしないのよ! 勇気あるのと無茶は違うんだから!
戦士なら、自分の身体にも気を配るものよ!」

 サーフィアの言葉に素直に頷くジース。

「あ、あの……ありがとうございます。では、俺はジェスル様の警護に廻ります。」

 一礼すると、空間転移をして消えていくジース。

 サーフィアは深い溜息を付いていた。

「……フィン? 父様は一緒じゃなかったの?」
「ううん、さっきまで一緒だったよ。とーさまね、魔聖堂に行かなきゃいけないって言ってたよ。でも、すぐに戻って来るって♪」

 エルミアの言葉にサーフィアは、「そう」と呟く。
サーフィアの中で、危険信号が点滅している。

 

 ……嫌な予感がする……。
当たらなきゃ良いんだけど……。

 

 深い溜息を付きながら、扉を見つめているサーフィア。


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