Novel
アグリア〜運命の女性達〜


流星の章 サーフィアル・エルン <シャーラト>

著者:真悠
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 ラムリア大陸東に位置する光のシャーラト。
そして、その城下町に当たるラムリア屈指の大きな街シャラ。
そこには、シャーラトの中で、執政官の役目に就いている者が、多数住んでいる場所でもある。その中のとある豪邸。
激しい物音と共に何やら言い争っている声が聞こえる。

「冗談じゃないわ!! 何で私が、あんな男の所に嫁がなきゃいけないの!?」

 その少女の声と共に、物音が割れる音が響く。

「いい加減にしなさい! 何を駄々こねて居るんだ! この縁談は、大切なものなのだぞ! それにお前の相手は、それはそれは、素晴らしい方なのだ! お前の我が儘で、潰して良い訳なかろう!」

 男性の声が、少女を叱りつける。
――どうやら、この家の娘に縁談が持ち上がり、娘は、それを嫌がっているようである。
おそらく娘を叱りつけているのは、父親であろう。

「絶対に嫌! あんな男と結婚するぐらいなら、闇の人間と結婚した方がマシだわ!
そんなに素晴らしい方だって言うんなら、お父様が、あの男と結婚すればいいでしょう!?
どうせ、権力がらみじゃないの! 私と引き替えに何の地位を貰うの!?
銀袖!? それとも金袖!? 私を権力の道具に使わないでっ!!」

 娘は、そう言うと、高価そうな壺を父親に投げつける。
慌てて避ける父親。その壺は、ガッシャーンという激しい音を立てて、粉々になる。

「いい加減になさい! わたくし達の言う事を聞いていれば、何不自由ない幸せな生活が送れるというのに! 
子供じゃないんだから、我が儘はおよしなさい!!」

 ヒステリックな女性の声が聞こえる。……おそらく、娘の母親であろう。
しかし娘も負けては居ない。

「自分の幸せぐらい自分の手で掴むわっ!! 私は戦士になるんだから!!
私の人生をお父様達の野望のために、諦める気なんかないわ! 
私は、お父様やお母様の人形でもなければ、道具でもないのよ!」

 その娘の言葉を聞き、顔を真っ赤にして怒り出す父親。

「な、何だと!? あの野蛮な戦士になるだとっ!? 許さんぞ!! サーフィア!
お前は、明日にでもラ・セリスト様の所に嫁ぐのだ!! これは命令だっ!!」

 サーフィアと呼ばれた少女の美しい顔がピクッと引きつり、無言になる。
父親は、娘が、自分の言ったことを理解したのだと勘違いする。
母親も、ようやく娘が悟ってくれたことを喜んでいる。

 2人が、笑顔を見せながら、娘の側に近寄ってくる。娘は、キッと両親を睨み付けた。

「……こんな家、出てってやるわ!! 親子の縁も今日限りよ! 今後一切、私の人生に拘わらないで!」

 娘はそう言うと、両親に体当たりして、2人を突き飛ばし全速力でその部屋から出て行った。
その直後、両親の耳に凄まじい物音が鳴り響く。
思わず耳を塞ぐ2人。
その物音が収まった頃、2人は、顔を青くして、互いの顔を見合った。

 ゆっくりとその部屋から出て、2人の見たものは、惨憺(さんたん)たる光景であった。
美しく整えたはずであった調度品は、所狭しと廊下に転がり、装飾品は、床に散らばり壊れている。
これは、全て娘サーフィアの仕業であろう。

 しばしの間、夫婦は、その惨憺たる情景を眺めていた。いや、眺めていたというのは、的確ではないだろう。
娘のした事にショックの余り、現実逃避していたのだ。

「……我が娘ながら……信じられないわ……。ラ・セリスト様に嫁がせたりしたら、あのお方にご迷惑が掛かるかも……。」

 妻がポロリと言葉を漏らす。その言葉に我に返った夫。
大声で召使い達を呼びつける。

「お……追えーっ!! 追うんだ! サーフィアを!! シャーラトに向かっているに違いない!
サーフィアを何としても連れ戻せーっ!! ル・エルン家の名誉に関わるっ!
シャーラト城内に入る前に連れ戻せーっ!!」

 青筋を立て、召使い達に命令を下す夫。召使い達は、主人の命令で慌ててその家の娘サーフィアの捜索に散らばっていく。

 その頃、少女は、シャーラトには直接向かわず、シャラの街の南に位置する森に辿り着いていた。
そこには、少女が偶然知った、秘密の抜け穴があるのだ。
シャーラト城内に続く、地下の用水路。
多分真っ直ぐシャーラト城に向かっていったら、両親からの追っ手に掴まっていたことであろう。

 だが、少女もそれを十分に承知していた。
だからこそ、両親の裏をかき、地上の道ではなく地下の道を選んだのだ。

 それと、シャラの街とシャーラト城を隔てる城門があり、そう簡単に城門を通れる訳がない。
しかし、この用水路なら、城門の前の兵士や戦士に余計な詰問を受けず、シャーラト城の庭園にまでたどり着けるのだ。

 既に夜のとばりが降り、辺りは真っ暗であったが、少女は、用水路の入り口を確認し、ためらいもせず、その縄ばしごを伝って、降りていく。
ある時偶然にこの用水路を見つけ、その後、何度この用水路を通って、シャーラトに入り込んだことだろう。

 たまに戦士達の訓練の様子が見え、じっとそれを眺めていた少女サーフィア。
執政官という家に生まれ、両親の汚い裏の面を見るたびに不快感を感じていた。
そして、父の権力もかなり強いものらしく、彼の娘であるサーフィアにもおべんちゃらを使う人々に嫌気がさしていたのだ。
親の七光りが届かない場所。
それは、実力がものを言う戦士。

 サーフィアは、用水路を走り抜けながら、絶対に戦士になるんだと自分に言い聞かせる。
やがて、朧気な光が、前方に見える。出口である。
サーフィアは、階段を駈け上り、頭がつっかえた所をゴトゴトと動かす。

 ゴトン。

 朧気な光が、はっきりとした光に変わって、サーフィアを映し出す。ひょこっと顔を出し、大きく深呼吸した。
目の前には、ラムリア一大きな噴水が、サラサラと流れている。

 サーフィアはニッコリ微笑むと、用水路から出る。既にかなりの時間が経っているようである。
庭園の中には、人影もなく大きな建物から、灯りが漏れている。その灯りを頼りに、戦士宮の方へと向かっていく。

 サーフィアは、重厚な建物の廻りをウロウロと歩き回っていた。

「何者だ!? この女戦士宮の前で何をしている!?」

 一人の女戦士の声が響く。サーフィアは、声を上げた人物を振り返る。
思わず、嬉しそうな顔をする。その女戦士は、剣先をサーフィアに向け、威嚇している。
しかし、サーフィアは、それに全く怯える様子もない。

「此処が、女戦士宮なの!?」

 サーフィアは、その女戦士に近寄った。怪訝そうな顔をしながら、剣先をサーフィアに向けたままの女戦士。

「ここらでは、見かけない子供だな! 此処に何の用だ!?」
「お願いがあるんです! 私は戦士になりたいの! 私を此処に入れて下さい!」

 サーフィアは、両手を顔の前で組み、必死にその女戦士に嘆願する。面食らう女戦士。しかし、我に返ったように冷たく言い放つ。

「そんな事は聞けないな! 此処はお前のような子供が来る所ではない!
どうしても戦士になりたいのだったら、正式な方法を取るんだな! さっさと帰るが良い!」

 女戦士はあっさりとサーフィアの嘆願を断る。しかし、サーフィアも、必死でその女戦士に食い下がる。

「そんなケチな事言わないで! お願いします!」

 サーフィアのしつこさに舌打ちをし、睨み付ける女戦士。

「ええい! うるさい! さっさと帰らないとこの剣の(さび)にしてくれるよ! それが嫌なら、諦めて帰りな!」

 女戦士とサーフィアのやりとりに、女戦士宮から一人の戦士が現れた。

「何を騒いでいる! もう夜中にもなろうというものを! 他の者に迷惑が掛かるだろうが!」

 その女戦士の迫力に、サーフィアに剣を向けていた女戦士が姿勢を正す。


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